ニレ立枯病

ニレ立枯病（Dutch elm disease）

ニレ立枯病（Dutch elm disease、DED）は、ニレ属（Ulmus）の樹木に発生する深刻な感染症です。子のう菌の一種を病原とし、キクイムシが媒介することで感染が拡大します。この病気はアジア原産と考えられており、ヨーロッパ、アメリカ、ニュージーランドなど、世界各地のニレ類に枯死を伴う大きな被害をもたらしています。五葉マツ類発疹さび病、クリ胴枯病と並び、樹木の世界三大病害の一つに数えられています。

英名のDutch elm diseaseは、1921年にオランダの植物病理学者であるシュワルツ、バイスマン、ヴェシュタディークの3人によって報告されたことに由来します。Dutch elm（オランダのニレ）と呼ばれるニレの種（Ulumus glabraとU. minorの雑種）が存在しますが、この病気が特定の種にのみ発生するわけではありません。

症状

ニレ立枯病の症状は、病原菌の侵入時期や場所によって異なりますが、典型的な症状は晩春から夏にかけて、樹冠上部の葉が萎れ、変色することです。葉はまず黄色くなり、次第に茶色へと変化し、まるで時期外れの紅葉のようになります。病変部は徐々に下方向へ拡大し、他の枝も枯れ始めます。

前年以前に感染していた場合、春先には葉や枝の異常が明らかになり、芽吹きが見られないなどの症状が現れることがあります。やがて他の枝も枯れ上がり、葉が少なくなり、光合成による栄養分の供給が滞り、樹木は衰弱します。最終的には根が枯死し、樹木全体が枯れてしまいます。ただし、一部の種では根が完全に死滅せずに生き残る場合もあり、特にU. minorでよく見られるようです。

また、弱っている枝や幹の樹皮を剥いで観察すると、師部が侵されて変色し、多数の茶色い筋模様が見られます。

感染経路としては、樹冠上部からの侵入の他に、感染木と健全木の根が接触している部分から菌が侵入し、感染を広げる場合があります。樹冠からの感染では発病から枯死まで数年かかることもありますが、根からの感染では病気の進行が急速に進むことが多いです。

原因

ニレ立枯病の直接的な原因は、Ophiostoma属に属する子のう菌類と呼ばれる菌（カビ）の感染です。この仲間は青変菌と呼ばれ、木材内部で繁殖し、材を青く変色させます。日本では、樹木の病原菌というよりも、木材を変色させて経済的価値を落とす菌として知られています。

病原菌が感染すると、ニレは防御反応を示し、木部組織を樹脂やチロースで塞ぎ、病原菌の拡散を防ごうとします。木部組織は道管を含み、根から吸い上げた水や栄養素を葉に届ける役割を担っています。この部分が閉塞すると、水が行き渡らなくなり、病変部より上部は枯死します。その後、葉の損失による餓死的な症状も現れます。管の閉塞による通水障害が致命的であるという点では、日本で猛威をふるっているマツ材線虫病（マツ枯れ）とよく似ています。

病原菌はセラトウルミン（cerato-ulmin、CU）と呼ばれる毒タンパク質を作ることも知られています。

発病要因

ニレの種類によって、ニレ立枯病に対する抵抗性に差があります。一般的に、アジア産のニレは抵抗性が強く、欧米産のニレは感受性が高い傾向にあります。

主なニレの抵抗性

強抵抗性: アキニレ（Ulmus parvifolia）、U. pumila、U. willsoniana
弱抵抗性: ハルニレ（U. davidana）、オヒョウ（U. laciniata）、U. crassifolia、U. lanceaefolia、U. lacianata、U. macrocarpa、U. minor、U. villosa、U. wallchiana
強感受性: U. alata、U. americana、U. minor、U. celtidea、U. elliptica、U. glabra、U. laevis、U. rubra、U. serotina、U. thomasii、U. turkestiana

対策

ニレ立枯病の対策としては、以下の方法があります。

キクイムシの駆除: 罹病木の伐採と焼却処理を行い、材内に潜むキクイムシの幼虫・成虫を駆除することで、感染拡大を防ぎます。しかし、この方法は重労働であり、広い範囲で行うにはコストがかかります。
青変菌の駆除: 殺菌剤を樹幹に注入し、青変菌を殺して病気の進行を止めます。しかし、薬剤費用や注入の手間がかかるため、広範囲に用いるのは現実的ではありません。
抵抗性品種の開発: 抵抗性のあるニレの品種を選抜・開発し、植栽することで、被害を軽減します。

世界的な広がりと影響

ニレ立枯病は、ヨーロッパ、北アメリカ、ニュージーランドなど、世界各地に広がり、大きな影響を与えています。

ヨーロッパ

ヨーロッパでは、1910年にニレ立枯病が最初に記録されました。特にイギリスでは、アメリカから侵入した強毒性の系統によって、多くのニレが枯死しました。現在でも被害は拡大しており、地域によっては住民が協力して病気の蔓延を防ぐ取り組みが行われています。

北アメリカ

アメリカでは、1928年にニレ立枯病が最初に記録されました。北東部地域からゆっくりと蔓延し、多くのニレが消失しました。カナダにも侵入し、モントリオールやオタワなどの都市で大きな被害が出ました。

ニュージーランド

ニュージーランドでは、2013年に感染爆発が発生し、オークランド南部が特に被害を受けました。

ニレ立枯病は、世界のニレ林に深刻な被害をもたらしており、その対策と研究が重要な課題となっています。

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