クリ胴枯病

クリ胴枯病とは

クリ胴枯病（Chestnut blight）は、クリ属の樹木に発生する感染症であり、クリの病気の中でも最も悪名高く、その深刻な症状から恐れられています。この病気は、単なる病害としてだけでなく、偶発的に侵入したアメリカ大陸において、抵抗性を持たない現地のクリ類を壊滅的な状態にまで減少させたことで広く知られています。ニレ立枯病（オランダニレ病）および五葉マツ類発疹さび病とともに、樹木の世界三大病害の一つとされています。

症状

クリ胴枯病の主な症状は、以下の通りです。

葉の萎れ
幹や枝に形成される褐色に変色した病変部（canker）

病変部は、滑らかな樹皮を持つ若い木や細枝では見つけやすいですが、樹皮の凹凸が目立つ老木では見分けにくいことがあります。病変部には、急速に拡大する急性型と、ゆっくりと拡大する慢性型の2種類があり、一般的に急性型の方が予後が悪いです。急性型の患部は平滑ですが、慢性型ではクリ側の抵抗により患部の膨張が見られます。重症例では、病変部より上部が急激に枯死します。落葉は見られず、葉を付けたまま枯れるのが特徴です。病変部には凹凸状の発疹が形成され、これが病原菌の子実体となり、新たな感染源となります。

病変部の直下から萌芽が見られるのも、外見的な特徴の一つです。病勢は、乾燥と高温が続く晩夏から初秋にかけて最も強くなり、抵抗性があると言われる種類でも急速に枯れることがあります。日本産種の苗木を観察した結果では、発病部位は梢端部や接ぎ木の接合部分に多いとされています。また、感染していても外見上症状のない状態（不顕性感染）の個体がかなり含まれていると見られ、植え替えなどの刺激で発病する例が多いです。

原因

クリ胴枯病の原因は、クリ胴枯病菌Cryphonectria parasitica（シノニム Endothia parasitica）の感染によるものです。この病原菌は、幹や枝の傷口からクリの樹体内に侵入します。

菌がクリの傷口から侵入すると、シュウ酸を生成して周囲を酸性化し、形成層を攻撃・殺して増殖します。形成層が殺された部分は、クリが防御反応としてコルク形成層を作るために腫れ上がって膨らみます。幹や枝の形成層が一回り全て殺されると、水を吸い上げることができなくなり、病変部より上部が枯死します。

病原菌は、1906年にニューヨークの植物園に勤務していた菌類学者ウィリアム・マリルによって分離され、新種Diaportha parasiticaと命名されました。その後、1912年にアンダーソンらによってEndothia parasiticaと改名され、長らくこの名前が使われていましたが、1980年代に入り、バーがマリルの分類を再評価し、Cryphonectria parasiticaを提唱しました。現在ではCryphonectriaの方が多く使われていますが、Endothiaを使用する研究者もいます。

ニューヨークで被害が明らかになった当初から、この病原菌はアジア原産ではないかと考えられていました。その後、同種菌が中国および日本から発見され、この仮説が証明されました。公式に論文になったのは1904年のニューヨークでの被害以後ですが、その10年ほど前から同様の被害があったとされています。1890年前後には、この周辺で特に日本産種（Castanea crenata）を用いて品種改良をしようと同種の取引が活発に行われていた記録があり、これに乗じて侵入してきた可能性が高いと考えられています。

生態系・人間生活への影響

クリ類は萌芽力が高く、根さえ残っていれば芽を出して再生します。また、この病気は根の組織を侵さないため、発病して枯死したように見えても個体としての死には至らず、萌芽で再生することが可能です。実際にアメリカの森林では、このようにして若いクリとなって多数が残っています。しかし、これらのクリはある程度大きくなると病原菌の再感染を受け、再び枯死します。このような状態を繰り返すだけでは十分な果実や木材が供給されず、それを利用して生きているものには影響があります。実際にアメリカでは、クマに対する影響の研究がいくつか報告されています。

また、クリの木材は非常に腐りにくいため、各分布地では各種の建築や鉄道の枕木に使われています。日本の国鉄の資料では、クリ材を使用した枕木の寿命は防腐加工なしでも10年弱になるという報告もあります。特にアメリカグリはクリ属の中でも最大級になる種で、現地では他の広葉樹以上に高値で取引されていました。しかし、胴枯病の蔓延によって優良大径木は姿を消し、稚樹は満足に育たず、クリ材の市場は崩壊しました。クリ材が腐りにくいのは、材に豊富に含まれるタンニンによるとされています。アメリカでは皮をなめすのにクリ由来のタンニンが使われていましたが、胴枯病の蔓延はこの市場も壊すなど、意外なところに影響が出ることになりました。

対策

クリ胴枯病の対策としては、以下の方法が考えられます。

抵抗性のある種を植える
発病した部分を切除する
ボルドー液を散布する
ウイルスによる病原菌の弱体化を利用する

近年では、ウイルスによる病原菌の弱体化という新しい現象が明らかになり、この応用による治療が欧米種にもよく効くため、新たな対策として注目されています。

アメリカにおける歴史

クリ胴枯病は、1900年ごろにクリ材やクリの木に紛れて北米に偶然にもたらされたと考えられています。1904年にはニューヨーク州ロングアイランドで感染が確認され、アメリカ北部に分布していた40億本近い健全なクリが壊滅的な被害を受けました。現在ではカリフォルニア州や太平洋岸北西部に少数の集団が残るのみとなっています。

アメリカグリ財団では、抵抗性を得たクリについて、21世紀初頭にも元々の分布域に再導入することを計画しています。

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