ヌエル族

ヌエル族：南スーダンの牧畜民

ヌエル族（またはヌアー族）は、南スーダンのバハル・アルガザル川やソバト川周辺に居住する民族です。彼らは自らを「ナース（Naath）」と称します。1960年代の調査では約30万人の人口が確認されていますが、この数値には言語的に近いディンカ族の一部も含まれている可能性があります。

歴史的背景

ヌエル族は、長年にわたり紛争の歴史に翻弄されてきました。第二次スーダン内戦（1983年 - 2005年）では、ヌエル族やディンカ族を含む約250万人の南部住民が犠牲となり、数百万人が家を追われました。この内戦で孤児となったヌエル族とディンカ族の子どもたち約2万人は、「スーダンのロストボーイズ」と呼ばれ、過酷な避難生活を送りました。また、2013年には南スーダンクーデター未遂事件が発生し、ディンカ族との間で住民を巻き込んだ激しい抗争が繰り広げられました。

文化と社会

ヌエル族は、主にウシ、ヤギ、ヒツジなどの家畜の放牧と、雑穀類の栽培によって生活を営む牧畜民です。雨期には土手などの高台に定着集落を形成します。

ウシの重要性

ヌエル族社会において、ウシは単なる家畜以上の意味を持ちます。ウシは経済的な価値基準として用いられ、交換や譲渡を通じて社会関係を構築する上で重要な役割を果たします。結納金としてもウシが用いられることは、その重要性を示す一例です。

血縁と家族

集落は、特定の出自集団を中心とした血縁関係に基づいて構成されています。家族制度は父系クランによる一夫多妻制が一般的です。ヌエル族全体を統括する政治的な統一組織はなく、文化的要素を共有する地域的な部族間での連携が見られます。

部族間の抗争と調停

部族間での戦闘や抗争が頻繁に発生するため、これらを調停する役割として司祭職が発達しました。報復的な殺害を避けたい場合、司祭が仲介に入り、内部調停を図ります。この際、賠償手段としてもウシが用いられることが一般的です。

特異な家族形態

ヌエル族の家族形態には、ジェニター（生物学的な父親）とペイター（社会的な父親）が明確に区別されるという特徴があります。結婚に際して、女性の親族に結納のウシを送った人物が、その女性が産む全ての子どもの父親としての権利を得ます。この権利は男性に限らず、結納を納めることができれば女性でも父親になることができます。また、亡くなった人の名義で結納を送り、生まれた子どもを故人の子として扱うこともあります。

言語と宗教

ヌエル族は、西ナイル語群に属するヌエル語を話します。この言語は、東スーダン諸語（Dinka–Nuer）の一つに分類されます。

信仰心が厚く、大地の神クウォス（Kuoth）を信仰しています。家畜の犠牲や祭事が頻繁に執り行われることが特徴です。

参考文献

E. E. エヴァンズ・プリチャード 著、向井元子 訳『新版 ヌアー族 : ナイル系一民族の生業形態と政治制度の調査記録』平凡社〈平凡社ライブラリー〉、2023年3月
橋本栄莉『エ・クウォス : 南スーダン・ヌエル社会における予言と受難の民族誌』九州大学出版会、2018年3月
* 橋本栄莉『タマリンドの木に集う難民たち : 南スーダン紛争後社会の民族誌』九州大学出版会、2024年4月

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