ネプトゥヌスに扮したアンドレア・ドーリア

ブロンズィーノ作「ネプトゥヌスに扮したアンドレア・ドーリア」

ブロンズィーノが1530年代から1540年代に制作した油彩画『ネプトゥヌスに扮したアンドレア・ドーリア』（伊: Ritratto di Andrea Doria in veste di Nettuno）は、イタリアのマニエリスム美術を代表する作品の一つです。現在はミラノのブレラ絵画館に所蔵されています。

作品概要

この作品は、縦199.5cm、横149cmのカンヴァスに描かれており、古代彫刻の伝統を意識し、英雄を裸体で表現しています。描かれているのは、ジェノヴァの提督であり、傭兵隊長、都市国家の統治者でもあったアンドレア・ドーリアです。彼は海の神ネプトゥヌスに扮しており、その姿はドーリア自身の権力、成功、そして名声を象徴しています。制作時、ドーリアは約60歳でしたが、絵画では年齢を感じさせない力強く精力的な男性として描かれています。

ドーリアは、海の神として裸体で描かれることを選びました。その姿は、厳格で毅然とした態度を持ちながらも、洗練された品位を漂わせています。長い顎鬚は波のように垂れ下がり、髪型はローマ皇帝を思わせます。彼の体は老化の兆候を見せながらも、肌はしなやかさを保っています。本来、ドーリアは艦隊を指揮する象徴である櫂を持っていましたが、後に三叉槍で塗りつぶされています。現在では、本来の櫂の輪郭がわずかに残っています。また、画面上部にはドーリアの名前が書き込まれています。

女性研究者カミール・パーリアは、ドーリアの身体的特徴について、張りのあるお腹や隠された陰茎、三叉槍が勃起を暗示していると解釈しています。ガーディアン紙のジョナサン・ジョーンズは、この作品を「提督としての武勇と性的武勇を意識的に同一視している」と評しています。ドーリアは、ネプトゥヌスが戦車に乗るように、船の甲板に立ち、背景には黒く抑圧的な空が広がります。満月や稲妻がドーリアを強調し、緊張感のあるポーズで描かれています。

アンドレア・ドーリアとは

アンドレア・ドーリアは、1134年からジェノヴァ共和国で影響力を持っていたドーリア家の出身です。幼い頃に孤児となりましたが、後に海軍司令官として名を馳せました。長年、ジェノヴァ艦隊を指揮し、地中海でトルコやバルバリア海賊と戦いました。フランス王フランソワ1世に仕えた後、神聖ローマ皇帝カール5世に仕え、帝国の提督としてトルコ遠征を指揮しました。

ドーリアは軍事的な成功を通じて、富、権力、武器、土地を獲得し、ジェノヴァの貴族として大きな影響力を持つようになりました。1528年にはフランス軍をジェノヴァから追放し、新たな支配者となりました。84歳になっても海賊討伐を指揮するなど、生涯にわたり活躍しました。

作品の背景と来歴

ブロンズィーノによるこの肖像画は、画家自身の芸術性や当時の肖像画の一般的な形式とは異なり、公的な人物を神話的な裸体像で描くという点で特異です。ドーリアの肖像を描く際に、ブロンズィーノはレオナルド・ダ・ヴィンチの『ポセイドンとその馬のスケッチ』から着想を得た可能性があります。この作品は、コモの司教であり、退任した教皇の医師でもあったパオロ・ジョヴィオによって依頼され、おそらく1530年頃に完成しました。ジョヴィオは、依頼した肖像画を集めた「有名な男性の美術館」を開設しました。

この作品の同時代の版画は、当初どのような状態であったかを記録しています。ジェノヴァのヴィラ・ドーリアには、本作の別バージョンがあり、そこではドーリアは三叉槍ではなく櫂を持っています。これが本来の意図であったと考えられています。

関連作品

ネプトゥヌスの像、バレッタ

参考文献

Gáldy, Andrea M, Agnolo Bronzino: Medici Court Artist in Context , 2014, Cambridge Scholars Publishing, ISBN 1443866350

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