ネルウァ

マルクス・コッケイウス・ネルウァ：短命ながら新王朝を築いた皇帝

マルクス・コッケイウス・ネルウァ（35年11月8日 - 98年1月27日）は、ローマ帝国第12代皇帝であり、ネルウァ＝アントニヌス朝の初代皇帝として知られています。フラウィウス朝の終焉後、混乱の時代に即位したネルウァは、高齢で後継ぎがなかったことから、腹心のトラヤヌスを後継者に指名。この決定が、後のネルウァ＝アントニヌス朝、いわゆる五賢帝時代の始まりへと繋がったのです。

華麗な経歴と皇帝への道

ネルウァは、ユリウス＝クラウディウス朝末期のネロ帝、そしてフラウィウス朝と仕え、着実に地位を築き上げてきました。ネロ帝時代のピソの陰謀を未然に防いだ功績で知られ、その後もフラウィウス朝においてウェスパシアヌス帝、ティトゥス帝、ドミティアヌス帝の治世下で執政官を務めるなど、王朝の重臣として重用されていました。

文才にも優れ、詩人マルティアリスからは「我々の時代のティブッルス」と称賛された教養人でもありました。また、ウェスパシアヌス帝の末子ドミティアヌスの教育を任されたという逸話も残っており、皇帝への道を歩む上で重要な人間関係を築いていたことが伺えます。

ドミティアヌス帝暗殺後、元老院はネルウァを皇帝に推挙しました。これは、単なる帝位追認に過ぎなかった元老院が、皇帝選出を主導した初めての事例であり、歴史上極めて特異な出来事と言えます。

60歳での即位と短命な治世

60歳という高齢での即位だったため、ネルウァの帝位は当初、一時的なものと見なされていました。彼の治世は、ドミティアヌス帝時代に迫害された人々の名誉回復に重点が置かれましたが、軍の掌握には苦戦を強いられました。

そのため、軍の実力者であったトラヤヌスを後継者とすることで、軍の支持を得ようとしました。しかし、この決定は、彼自身の権力基盤の弱さを示すものとも解釈できます。即位からわずか1年3ヶ月後、ネルウァは病没し、トラヤヌスが帝位を継承しました。

脆弱な皇帝権と財政難

ネルウァの治世は、元老院や民衆からの支持獲得に奔走した時期でした。元老院議員の処刑を廃止し、ドミティアヌス帝時代に追放された人々の帰還を許可するなど、元老院への配慮を怠りませんでした。また、民衆への施策として、高額な恩給や祝い金を支給し、貧困層への税制優遇や食料計画など、福祉政策にも力を注ぎました。

しかし、これらの財政支出は、すぐに財政難を招き、ドミティアヌス帝の資産没収や公共事業の縮小など、抜本的な財政改革を余儀なくされました。

軍部との対立と後継者問題

ネルウァは、元老院や民衆の支持を得る一方、軍、特に近衛隊からの支持は得られませんでした。近衛隊の反発を招き、暗殺未遂事件にまで発展。この事件をきっかけに、ネルウァは自身の皇帝権の弱さを痛感し、重大な決断を避けがちになりました。

後継者問題では、当初は別の候補を考えていたものの、軍の圧力によって、トラヤヌスを後継者に指名せざるを得ない状況に追い込まれます。これは、ネルウァが自ら帝位を譲ったというよりは、軍の意向に屈した結果であったと解釈できます。

ネルウァの評価

ネルウァに関する記録は乏しく、その人物像や評価は歴史家の間で未だに議論されています。温厚で野心のない人物という通俗的な評価もありますが、近年の研究では、弱い皇帝権しか持たなかった無力な皇帝という見方が主流です。

彼の治世は、フラウィウス朝からの転換期としての役割を果たし、ネルウァ＝アントニヌス朝の礎を築いたことは事実です。しかし、その治世は短命に終わり、彼が建設したとされる公共事業も、ネルウァのフォーラムなどごくわずかでした。

ネルウァの生涯は、短命ながらも激動の時代を駆け抜けた、複雑で謎多き皇帝の一生だったと言えるでしょう。彼の治世は、後の五賢帝時代への重要な橋渡しとなったものの、その人物像については、今後も研究が続けられるべきであろう重要な歴史的課題です。

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