トラヤヌス

トラヤヌス帝：ローマ帝国黄金期の創造者

マルクス・ウルピウス・ネルウァ・トラヤヌス・アウグストゥス（98年～117年在位）は、ローマ帝国中期を代表する名君として知られています。イタリア半島外、ヒスパニア・バエティカ属州イタリカ出身という、それまでの皇帝にはない経歴を持ちながら、その優れた統治と軍事力によって、ローマ帝国最大の版図を築き上げました。

生い立ちとキャリア

トラヤヌスは、ローマ化が進んだヒスパニア・バエティカ属州イタリカの裕福な元老院議員の子として生まれました。彼の家は代々続く名家であり、トラヤヌス自身も軍隊でのキャリアを通じて政治の世界へと進出していきました。若い頃から軍務に携わり、シリア総督を務めた父親に従ってシリアに赴任した経験もあります。その後、クァエストル（財務官）、プラエトル（法務官）などを経て、ヒスパニア・タラコネンシス属州の軍団長に就任するなど、着実にキャリアを重ねていきました。

特に、ドミティアヌス帝に対する反乱鎮圧で功績を挙げたことで、その名声を高めました。91年には執政官に就任し、ローマ凱旋式を行いました。シリアから建築家アポロドロスを連れて帰国したことも、彼の後の治世における大規模な建築事業を予感させる出来事でした。

96年、ドミティアヌス帝暗殺の後、高齢で後継者を持たなかったネルウァ帝が即位しました。ネルウァ帝は後継者としてトラヤヌスを選出し、翌年のネルウァ帝の死後、トラヤヌスは円滑に帝位を継承しました。

穏健な統治と軍事遠征

トラヤヌスは、専制的なドミティアヌス帝とは対照的に、穏健な統治を行いました。不当に投獄された者の釈放や、没収された財産の返還などを行い、元老院からも支持を得ました。「オプティムス（至高の）」という称号を与えられたことからも、その評価の高さがわかります。しかしながら、彼の治世は平和なだけではありませんでした。

トラヤヌスは、ローマ帝国にとって重大な脅威となっていたダキア王国への遠征を決意しました。101年と105年に起こった二度にわたるダキア戦争で、トラヤヌスはダキア王デケバルスを破り、ダキアをローマ帝国に併合しました。この勝利は、ローマ帝国の版図を大きく拡大しただけでなく、ダキア地方の豊富な金鉱資源の獲得という経済的なメリットも生みました。ダキア征服を記念して、トラヤヌスの記念柱やトラヤヌスのトロフィーなどが建設されました。

さらに、彼はナバテア王国を併合し、アラビア・ペトラエア属州としたと推測されています。その詳細は不明ですが、107年にローマ軍がナバテア王国の都ペトラ周辺に出兵した記録が残っています。

パルティア戦争と帝国の限界

113年、トラヤヌスはパルティア帝国との戦争を開始しました。アルメニアの支配権をめぐる争いが発端ですが、トラヤヌスはパルティア深くにまで侵攻し、メソポタミア地方を征服しました。セレウキアやクテシフォンといった主要都市を占領し、「パルティクス（パルティアの征服者）」の称号を与えられました。しかし、この遠征はローマ帝国にとって大きな負担となりました。

パルティア戦争中、そして戦争直後には、東方各地で反乱が頻発しました。ユダヤ人による大規模な反乱（キトス戦争）も勃発しました。トラヤヌスは反乱鎮圧に努めましたが、117年、健康状態が悪化し、キリキアで崩御しました。

彼の後継者となったハドリアヌス帝は、維持困難な東方領土の放棄を決断しました。トラヤヌスの大遠征は、結果的にローマ帝国の限界を示すものとなりました。しかし、ダキアはローマ領として残り続け、帝国経済に貢献し続けました。

トラヤヌスの遺産

トラヤヌスは、軍事的な成功だけでなく、数々の公共事業も推進しました。ローマ市内には、トラヤヌスの記念柱、フォルム、市場などが建設され、各地に道路や橋などのインフラ整備も進められました。これらの事業は、ローマ帝国の繁栄に大きく貢献しました。

トラヤヌスは、同時代の人々からだけでなく、後世においても優れた皇帝として高く評価されています。彼の名は、ルーマニアの国歌にも歌われているほどです。彼の治世は、ローマ帝国の黄金期として後世に語り継がれ、彼の名は、ローマ帝国を代表する偉大な皇帝として永遠に記憶されることでしょう。

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