ノアの燔祭 (ミケランジェロ)

ミケランジェロの『ノアの燔祭』：システィーナ礼拝堂天井画

『ノアの燔祭』（伊: Il Sacrificio di Noè, 英: The Sacrifice of Noah）は、盛期ルネサンスの巨匠ミケランジェロ・ブオナローティが1509年に制作したフレスコ画であり、システィーナ礼拝堂の天井画の一部を飾っています。この作品は、『旧約聖書』「創世記」に記された、大洪水を生き延びたノアが神に捧げた燔祭を主題としています。

主題：大洪水後の感謝の儀式

物語は、大洪水から150日後、水が引き始め、ノアの箱舟がアララト山に漂着した場面から始まります。さらに時が経ち、ノアが放った鳩がオリーブの葉をくわえて戻ってきたことで、洪水が終わり大地が乾いたことを知ります。ノアは箱舟を出て祭壇を築き、家畜と鳥の中から供物を選び、燔祭として捧げました。神はその香りを喜び、二度と大洪水で生き物を滅ぼすことはないと約束しました。

作品の詳細：燔祭の場面描写

ミケランジェロは、天井画の中でも最も高い場所に『旧約聖書』の場面を配置し、その下には預言者と巫女の像を交互に配置しました。『ノアの燔祭』は、ノアの物語の最初の場面として描かれ、『エリュトライの巫女』と『預言者イザヤ』と共に配置されています。配置の順番は物語の順序とは異なり、『大洪水』の前に描かれています。

作品の中央では、ノアの一族が犠牲獣を捧げる準備をしています。前景では、ノアの息子たちが犠牲となる動物を屠殺し、年老いたノアとその妻は祭壇から立ち上る炎を見守っています。祭壇の炎の熱さに顔を背ける息子の妻や、薪を運ぶ少年、屠殺された牡羊に跨る息子など、生き生きとした人物描写が印象的です。画面左側には、洪水を生き延びた家畜が描かれ、別の息子が牡羊を屠殺場へ連れて行こうとしています。また、祭壇内部の炎に息を吹きかける息子の姿は、『イザヤ書』との関連が指摘されています。

燃え木と犠牲のモチーフ：聖母とキリストの予兆

ミケランジェロは、燃え木と犠牲のモチーフを用いて、燔祭を聖母マリアの誕生とイエス・キリストの磔刑を予告するものとして表現しました。祭壇の後方に立つ息子の妻のポーズは、ギリシア神話のアルタイアを彫刻した石棺に由来すると言われています。また、『エリュトライの巫女』に描かれたシビュラはノアの息子の妻であるとされ、燃え木は聖母の誕生と関連付けられています。

預言者イザヤは、熾天使によって祭壇の炭で清められた人物であり、メシアの到来を預言しました。ミケランジェロは、『ノアの燔祭』に家畜や屠殺場へ引かれる小羊を描くことで、イザヤが預言した聖母の誕生とキリストの磔刑を暗示しています。

色彩と構図：見る者の心に訴えかける力

圧縮された構図は、変化に富んだ曲線的なリズムを持ち、屠殺される動物の悲劇性、赤い内臓、そして熱せられた祭壇内部は、見る者の心に強く訴えかけます。犠牲獣に跨る息子の金灰色の髪は、祭壇の炎と呼応するように渦巻いています。ノアの薄紫色の外衣は、天地創造の場面に登場する神の天衣を予示しており、妻の白い被り物は、『ペルシアの巫女』のヴェールと共通性が見られます。

来歴：修復による色彩の回復

作品はミケランジェロの死後、損傷を受けましたが、1980年から1989年にかけて行われた修復によって、加筆や変色したワニスが除去され、制作当時の色彩が取り戻されました。

『ノアの燔祭』は、ミケランジェロの卓越した芸術性と深い宗教的解釈が融合した傑作であり、システィーナ礼拝堂を訪れる人々に感動を与え続けています。

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