ノビチョク

ノビチョク：ソ連が生んだ暗殺兵器

ノビチョク（ロシア語: Новичо́к, 英語: Novichok）は、「新参者」を意味する言葉で、1970年代から1990年代にかけてソビエト連邦およびロシア連邦で開発された神経剤の一種です。この兵器は、従来の神経剤と比較して非常に高い毒性を持ち、開発に携わった科学者によれば、VXガスの5倍から8倍、ソマンの10倍以上の致死性を持つとされています。ノビチョクは、ソ連のコードネーム「フォリアント」計画の一環として開発され、複数の種類が存在しますが、最も広く使用されているのはA-232（ノビチョク5）とされています。

開発の背景と目的

ノビチョクは、以下の4つの主要な目標を達成するために開発されました。

1. 検出の回避: 北大西洋条約機構（NATO）の1970年代から1980年代の標準的な化学物質検出装置で検出されないこと。
2. 防御の突破: NATOの化学防護を突破すること。
3. 安全な取り扱い: 安全に取り扱えるようにすること。
4. 規制の回避: 化学兵器禁止条約によって規制された前駆物質（前駆体）のリストを回避できる化学物質であること。

これらの目標はすべて達成されたとされています。ノビチョクは、バイナリー兵器として設計され、使用直前に2つの前駆物質を混ぜ合わせることで生成されます。この方式により、前駆物質は完成した神経剤よりも危険性が低く、輸送や取り扱いが容易になり、また、安定性が高いため、貯蔵期間を延長することができます。しかし、混合を誤ると、意図しない化学物質が生成される可能性もあります。

発覚と国際的な問題

1992年、科学者のレフ・フェドロフとヴィル・ミルザヤノフが、ソ連が極めて強力な第4世代化学兵器を開発したことを公表しました。この発表は、ロシアが化学兵器禁止条約に批准する直前に行われました。ミルザヤノフは、ロシアの軍事化学コンビナート（MCC）が西側からの資金を化学兵器の開発に流用していたと暴露し、また、安全基準の80倍の致死性物質が検出されたことで、その危険性を訴えました。

ロシア政府は、ノビチョクの存在を当初否定していましたが、後に、その開発と製造を認めました。2018年には、イギリスで発生した元スパイ毒殺事件にノビチョクが使用されたことが判明し、国際的な問題となりました。化学兵器禁止機関（OPCW）は、ノビチョクの存在と特性に関する情報を十分に把握していなかったため、規制対象に追加されていませんでしたが、イギリスで取得されたサンプルを分析した結果、規制対象に追加することを決定しました。

暴露とその影響

ノビチョクは、ガスや蒸気の代わりに、超微細な粒子として拡散する特性を持ちます。このため、従来の化学兵器の検出や防御が困難です。また、化学兵器禁止条約で規制されていない物質を使用して製造することができ、条約の監視を逃れることが可能です。ミルザヤノフによると、多数の化合物が製造され、一部は農薬として公開されており、秘密の化学兵器計画が正当な農薬研究に偽装された可能性が指摘されています。

実験施設と製造場所

アメリカの地政学顧問であるステファニー・フィッツパトリックは、ノビチョクはウズベキスタンのヌクスにある化学研究所で製造されたと主張しています。ニューヨーク・タイムズも、この施設がノビチョクの主要な研究と実験場であると報じています。しかし、英国の化学兵器専門家であるハミッシュ・デ・ブレットンゴードンは、ノビチョクはロシアのサラトフ州シハヌィでのみ製造されたと主張しています。

人体への影響

ノビチョクは、神経剤として、有機リン酸アセチルコリンエステラーゼ阻害剤に分類されます。この化合物は、アセチルコリンエステラーゼ酵素を阻害し、神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を妨げます。その結果、神経筋接合部でアセチルコリン濃度が増加し、全ての筋肉の不随意収縮を引き起こします。呼吸や心臓の機能停止を引き起こし、最終的に心不全や肺水腫による窒息死につながります。

アトロピンなどの抗コリン薬は、アセチルコリン中毒の治療に役立つ可能性がありますが、有効投与量が副作用のリスクと近いという問題があります。プラリドキシム（PAM）などのアセチルコリンエステラーゼ再活性化剤は、ソマンなどの古い神経剤には効果がありますが、ノビチョクによるアセチルコリンエステラーゼの阻害には効果が低いとされています。ロシアの科学者によると、ノビチョクは不可逆的な神経損傷を引き起こし、永久的な障害をもたらす可能性があります。実際に、開発に携わった科学者の一人がノビチョクに暴露した結果、重度の身体障害を負い、数年後に死亡しています。

過去の使用事例

ノビチョクは、複数の暗殺事件で使用された疑いがあります。

1995年：ロシアのビジネスマン、イヴァン・キヴェリディとその秘書が毒殺された事件で、ノビチョクが使用されたと伝えられています。
2018年：イギリスのソールズベリーで、元ロシアスパイのセルゲイ・スクリパリとその娘がノビチョクで攻撃され、重体に陥りました。この事件は、イギリスとロシアの外交関係に大きな影響を与えました。
* 2020年：ロシアの反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイが、ノビチョクで毒殺されかけました。彼はドイツで治療を受け、一命をとりとめましたが、この事件は国際的な非難を浴びました。

これらの事件は、ノビチョクが暗殺兵器として使用されており、国際社会にとって大きな脅威であることを示しています。

まとめ

ノビチョクは、非常に危険な神経剤であり、その開発と使用は国際社会にとって深刻な脅威です。化学兵器禁止条約の規制を回避し、検出が困難であるという特徴から、今後もその使用が懸念されます。国際社会は、ノビチョクを含む化学兵器の脅威に立ち向かうため、協力を強化する必要があります。

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