ノーメンクラトゥーラ

ノーメンクラトゥーラ：ソ連における特権階級の形成と変遷

ノーメンクラトゥーラ（номенклату́ра）は、ソビエト連邦における幹部人事制度を指す言葉であり、転じて共産党一党支配体制下におけるエリート層、特権階級を指す言葉として用いられました。時には「赤い貴族」や「ダーチャ族」とも呼ばれ、特権的な地位を享受しました。

語源と概要

「ノーメンクラトゥーラ」は、ラテン語のnomenclatura（名簿、命名法）に由来します。これは、各級党機関が幹部を選任する際に用いた一覧表を指していました。この一覧表が制度そのものを指すようになり、さらにはその制度によって任命された幹部やその関係者を指す言葉へと変化しました。

ソ連においては、建前上は階級のない社会が標榜されていました。しかし、実際には共産党による一党独裁体制が敷かれ、政治に関わる人物はすべて党の任命と承認を受ける必要がありました。そのため、党が役職と候補者をリスト化し、人事を行うシステムが採用されました。

このシステムは、ウラジーミル・レーニンの時代に萌芽が見られ、ヨシフ・スターリン時代に公式な制度として確立しました。当初は書記局の人事に用いられていましたが、次第に政府機関、社会団体、研究所、教育施設など、あらゆる分野に適用されるようになりました。第二次世界大戦後には、東欧の社会主義諸国にも導入されました。

ノーメンクラトゥーラに掲載された人物は、役職の有無にかかわらず党の承認を受けた重要人物として扱われ、別荘や高額年金など、様々な面で優遇されました。しかし、一覧表への掲載には上位者の承認が不可欠であり、派閥争いや縁故主義の温床となる側面もありました。1970年代には、その総数は75万人、家族を含めると300万人にも達し、人口の1.2%を占めるまでになりました。

西側社会への影響と批判

ソ連の反体制派作家であるミハイル・ヴォスレンスキーが1970年代に著した「ノーメンクラツーラ」によって、この制度は西側社会にも広く知られるようになりました。また、ユーゴスラビアの元副大統領ミロヴァン・ジラスも、ノーメンクラトゥーラ層を「新しい階級」と批判しました。

ペレストロイカとその後

ミハイル・ゴルバチョフによるペレストロイカ以降、ソ連国内でもノーメンクラトゥーラへの批判が高まり、1989年に制度としては廃止されました。しかし、ソ連崩壊後も、ノーメンクラトゥーラ層の一部は、新生ロシアの政治家や新興財閥（オリガルヒ）として新たな階層を形成し、影響力を維持しました。

人治国家としてのソ連

経済思想史研究者の太田仁樹は、ノーメンクラトゥーラの支配するソ連を「法治主義」が欠如した「人治国家」と捉え、カール・マルクスの「無法・無国家共同体」思想の具現化であると指摘しています。

ノーメンクラトゥーラは、ソ連社会における権力構造と特権階級の存在を象徴する制度であり、その影響は現代ロシアにも色濃く残っています。

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