ハイイロガン

ハイイロガン（学名：Anser anser）は、カモ目カモ科マガン属に分類される大型の鳥類です。このマガン属のなかでも代表的な種であり、模式種とされています。ユーラシア大陸を中心に非常に広い範囲に分布しており、渡り鳥として知られています。

ハイイロガンの成鳥は、全長がおよそ76センチメートルから89センチメートルに達し、翼を広げると147センチメートルから180センチメートルほどの大きさになります。体の上面を覆う羽毛は全体的に灰褐色をしており、それぞれの羽の縁には淡い色合いが見られます。体の下側、特に胸から腹部にかけては灰色をしており、体の側面から腹部にかけては淡い褐色の細かい横縞模様が入っています。尾羽の基部の下側にある羽毛は鮮やかな白色です。尾羽そのものは灰褐色ですが、先端部分と外側の尾羽は白色で縁取られています。目を引く特徴の一つとして、後肢の色がピンク色であることが挙げられます。
ハイイロガンには二つの主な亜種が存在し、形態にも違いが見られます。ヨーロッパを中心に分布するキバシハイイロガン（Anser anser anser）は、短めの黄色い嘴を持つのが特徴です。この亜種の翼長は、オスで44.5センチメートルから48.2センチメートル、メスで41.6センチメートルから47センチメートル程度です。一方、アジア東部に分布する亜種ハイイロガン（Anser anser rubrirostris）は、やや長めのピンク色の嘴を持っています。こちらの亜種の翼長は39.8センチメートルから48.2センチメートルです。

ハイイロガンは、アイスランドからアイルランド、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどの西ヨーロッパ、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどの北欧、ポーランド、チェコ、ハンガリーなどの東欧、ギリシャ、トルコ、シリア、イラク、イラン、アフガニスタンなどの西アジア、インド、バングラデシュなどの南アジア、中華人民共和国、モンゴルなどの東アジア、そしてアルジェリア、チュニジア、モロッコなどの北アフリカ、さらにグリーンランドやベトナム、ラオス、ミャンマーといった東南アジアの一部に至るまで、非常に広範囲にわたって生息・飛来します。
分布域は亜種によって分かれています。亜種キバシハイイロガン（A. a. anser）は主にヨーロッパの各地で繁殖を行い、冬季になるとより温暖なアフリカ大陸の北部、西アジアの一部、およびヨーロッパ西部へと渡り、そこで冬を過ごします。
もう一つの亜種であるハイイロガン（A. a. rubrirostris）は、中華人民共和国の北部地域、モンゴル、そしてロシアのウラル山脈よりも東側の地域で繁殖します。彼らは冬が近づくと、越冬のためにインド北部や中華人民共和国南部へと南下します。日本へは、この亜種が冬鳥として飛来することが知られていますが、その数は多くありません。例えば、2008年1月には長崎県諫早市において12羽が同時に観察された記録があります。

ハイイロガンは、主に湖沼、河川、あるいは水田といった水辺の環境を生息場所としています。繁殖期は卵生で、通常4月から5月にかけて産卵を行います。一度に産む卵の数は5個から6個程度です。卵を抱いて温める期間は28日から29日間続きます。

ハイイロガンは、古くから人間にとって重要な存在でした。特に、ヨーロッパに分布する基亜種（キバシハイイロガン）が家禽として飼いならされ、現在世界中で飼育されているガチョウ（例えばフランス原産のツールズガチョウなど）の直接の祖先となったことで知られています。

動物行動学の分野で著名なコンラート・ローレンツは、ハイイロガンの社会行動や刷り込み（インプリンティング）現象に関する詳細な観察と研究を行い、初期の動物行動学（エソロジー）の発展に大きく貢献しました。彼の研究は、ハイイロガンという鳥に対する理解を深めるだけでなく、動物の行動研究全体に大きな影響を与えました。

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