ハイドン・セット
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲した6曲の弦楽四重奏曲、ケッヘル番号K. 387、K. 421、K. 428、K. 458、K. 464、K. 465は、「ハイドン・セット」として知られています。これらの作品がまとめてフランツ・ヨーゼフ・ハイドンに献呈されたことから、この特別な名前で総称されるようになりました。ハイドン・セットは、モーツァルトが生涯で最も心血を注いだ作品群の一つであり、弦楽四重奏曲というジャンルにおいて極めて重要な位置を占める傑作として、世界中で高く評価され、愛され続けています。
モーツァルトは、24歳年上のフランツ・ヨーゼフ・ハイドンを音楽家として深く尊敬し、師と仰いでいました。モーツァルトがハイドンの影響を強く受けた転機は、1781年に訪れます。この年、ハイドンはそれまでの弦楽四重奏曲の常識を覆す革新的な作品である『ロシア四重奏曲 作品33』（全6曲）を発表しました。ハイドン自身が「全く新しい特別の方法で作曲された」と称したこの作品群は、弦楽四重奏曲における古典的なソナタ形式を確立し、後世の作曲家たちに決定的な影響を与えました。
モーツァルトはこの『ロシア四重奏曲』の持つ音楽史上の意義を即座に認識し、深く研究しました。そして、ハイドンが切り開いた新しいスタイルを学び、自らの手によって更なる高みを目指す、新たな弦楽四重奏曲の作曲を決意したのです。
この決意を胸に、モーツァルトは1782年12月31日から1785年1月14日にかけて、集中的な創作活動に没頭しました。速筆で知られるモーツァルトにとって、わずか6曲の弦楽四重奏曲の完成に約2年という歳月を要したことは、この作品群にいかに並々ならぬ労力が注がれたかを物語っています。もちろん、この期間中にもモーツァルトは他の多くの傑作を生み出していましたが、ハイドン・セットの創作は彼にとって特別な意味を持つ、文字通りの「力作」であったと言えるでしょう。
完成した6曲は、モーツァルトのハイドンへの深い敬愛の証として献呈されました。1785年、これらの作品がウィーンのアルタリア社から出版される際、モーツァルトはイタリア語で書かれた心温まる献辞を添えています。その中で彼はハイドンを「わが最愛の友」と呼び、この曲集を「長く困難な苦労の果実」と表現し、さらに作品を自身の息子にたとえてハイドンの「庇護と指導」を願う言葉を贈りました。
出版に先立ち、1785年1月15日と2月12日には、モーツァルトはウィーンの自宅にハイドンを招き、これらの新作を自ら披露しました。この場にはモーツァルトの父レオポルトも同席しており、モーツァルト自身がヴィオラを演奏したと伝えられています。モーツァルトの音楽を聴いたハイドンは深く感動し、レオポルトに対し「神と私の名誉にかけて申し上げます。あなたのご子息は、私の知る、あるいは評判で知っている、全ての作曲家のうちで最も偉大な方です。彼は優れた趣味を持ち、さらには、最も優れた作曲の知識を持っています」と、最大限の賛辞を送りました。
ハイドン・セットは、ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1という古典的な編成のために書かれており、以下の6曲で構成されています。それぞれが独自の魅力と革新性を兼ね備えています。
1. 弦楽四重奏曲第14番 ト長調 K. 387（ハイドン・セット第1番）: 1782年作曲。それまでの四重奏曲より規模が拡大し、モーツァルトの技術的な粋が凝縮された作品です。「春」と呼ばれることもあります。
2. 弦楽四重奏曲第15番 ニ短調 K. 421（ハイドン・セット第2番）: 1783年作曲。モーツァルトの短調の弦楽四重奏曲は少なく、この曲はその一つ。全編を覆う哀愁が印象的です。
3. 弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調 K. 428（ハイドン・セット第3番）: 1783年作曲。軽快な楽章に始まり、ハイドン・セットの中でも特にロマン派を予感させるような色彩豊かな響きを持つ作品です。
4. 弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K. 458『狩』（ハイドン・セット第4番）: 1784年作曲。冒頭主題が狩りの角笛を思わせることからこの愛称で呼ばれます。親しみやすく快活な曲調で、人気の高い一曲です。
5. 弦楽四重奏曲第18番 イ長調 K. 464（ハイドン・セット第5番）: 1785年作曲。ハイドン・セット中最も規模が大きく、ベートーヴェンが自身の弦楽四重奏曲作曲にあたり研究したと伝えられます。
6. 弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K. 465『不協和音』（ハイドン・セット第6番）: 1785年作曲。第1楽章序奏の斬新な不協和音に由来する愛称ですが、その後はモーツァルトらしい明快な音楽が展開します。
ハイドン・セットは、モーツァルトが偉大な先達ハイドンの革新的な成果を吸収し、自己の音楽を昇華させて生み出した記念碑的な作品群です。師への尊敬と感謝、そして自身の天才が融合したこれらの曲は、古典派室内楽の金字塔として、今もなお世界中の聴衆を魅了し続けています。
作曲に至る背景
モーツァルトは、24歳年上のフランツ・ヨーゼフ・ハイドンを音楽家として深く尊敬し、師と仰いでいました。モーツァルトがハイドンの影響を強く受けた転機は、1781年に訪れます。この年、ハイドンはそれまでの弦楽四重奏曲の常識を覆す革新的な作品である『ロシア四重奏曲 作品33』（全6曲）を発表しました。ハイドン自身が「全く新しい特別の方法で作曲された」と称したこの作品群は、弦楽四重奏曲における古典的なソナタ形式を確立し、後世の作曲家たちに決定的な影響を与えました。
モーツァルトはこの『ロシア四重奏曲』の持つ音楽史上の意義を即座に認識し、深く研究しました。そして、ハイドンが切り開いた新しいスタイルを学び、自らの手によって更なる高みを目指す、新たな弦楽四重奏曲の作曲を決意したのです。
創作への取り組みと完成
この決意を胸に、モーツァルトは1782年12月31日から1785年1月14日にかけて、集中的な創作活動に没頭しました。速筆で知られるモーツァルトにとって、わずか6曲の弦楽四重奏曲の完成に約2年という歳月を要したことは、この作品群にいかに並々ならぬ労力が注がれたかを物語っています。もちろん、この期間中にもモーツァルトは他の多くの傑作を生み出していましたが、ハイドン・セットの創作は彼にとって特別な意味を持つ、文字通りの「力作」であったと言えるでしょう。
敬愛するハイドンへの献呈
完成した6曲は、モーツァルトのハイドンへの深い敬愛の証として献呈されました。1785年、これらの作品がウィーンのアルタリア社から出版される際、モーツァルトはイタリア語で書かれた心温まる献辞を添えています。その中で彼はハイドンを「わが最愛の友」と呼び、この曲集を「長く困難な苦労の果実」と表現し、さらに作品を自身の息子にたとえてハイドンの「庇護と指導」を願う言葉を贈りました。
出版に先立ち、1785年1月15日と2月12日には、モーツァルトはウィーンの自宅にハイドンを招き、これらの新作を自ら披露しました。この場にはモーツァルトの父レオポルトも同席しており、モーツァルト自身がヴィオラを演奏したと伝えられています。モーツァルトの音楽を聴いたハイドンは深く感動し、レオポルトに対し「神と私の名誉にかけて申し上げます。あなたのご子息は、私の知る、あるいは評判で知っている、全ての作曲家のうちで最も偉大な方です。彼は優れた趣味を持ち、さらには、最も優れた作曲の知識を持っています」と、最大限の賛辞を送りました。
ハイドン・セットを彩る6つの個性
ハイドン・セットは、ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1という古典的な編成のために書かれており、以下の6曲で構成されています。それぞれが独自の魅力と革新性を兼ね備えています。
1. 弦楽四重奏曲第14番 ト長調 K. 387（ハイドン・セット第1番）: 1782年作曲。それまでの四重奏曲より規模が拡大し、モーツァルトの技術的な粋が凝縮された作品です。「春」と呼ばれることもあります。
2. 弦楽四重奏曲第15番 ニ短調 K. 421（ハイドン・セット第2番）: 1783年作曲。モーツァルトの短調の弦楽四重奏曲は少なく、この曲はその一つ。全編を覆う哀愁が印象的です。
3. 弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調 K. 428（ハイドン・セット第3番）: 1783年作曲。軽快な楽章に始まり、ハイドン・セットの中でも特にロマン派を予感させるような色彩豊かな響きを持つ作品です。
4. 弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K. 458『狩』（ハイドン・セット第4番）: 1784年作曲。冒頭主題が狩りの角笛を思わせることからこの愛称で呼ばれます。親しみやすく快活な曲調で、人気の高い一曲です。
5. 弦楽四重奏曲第18番 イ長調 K. 464（ハイドン・セット第5番）: 1785年作曲。ハイドン・セット中最も規模が大きく、ベートーヴェンが自身の弦楽四重奏曲作曲にあたり研究したと伝えられます。
6. 弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K. 465『不協和音』（ハイドン・セット第6番）: 1785年作曲。第1楽章序奏の斬新な不協和音に由来する愛称ですが、その後はモーツァルトらしい明快な音楽が展開します。
結論
ハイドン・セットは、モーツァルトが偉大な先達ハイドンの革新的な成果を吸収し、自己の音楽を昇華させて生み出した記念碑的な作品群です。師への尊敬と感謝、そして自身の天才が融合したこれらの曲は、古典派室内楽の金字塔として、今もなお世界中の聴衆を魅了し続けています。
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