ハインリヒ・ヘルト

ハインリヒ・ヘルト:ヴァイマル共和政期のバイエルンとナチスの影



ハインリヒ・ヘルト (1868-1938) は、ドイツ政治家であり、ヴァイマル共和政期においてバイエルン州首相として重要な役割を果たした人物です。彼の生涯は、激動の時代を生き抜いた一政治家の物語として、そしてナチス台頭の過程における地方政権の苦悩を映す鏡として、興味深いものです。

揺籃期とジャーナリストとしてのキャリア: プロイセン王国のフンスリュック山地で音楽家の父と母の元に生まれたヘルトは、シュトラースブルク、ミュンヘン、ハイデルベルクの大学で法学、政治学、歴史学を学びました。卒業後はシュトラースブルクでジャーナリストとしてキャリアをスタートさせ、後にバイエルンの新聞社で編集者を務めます。保守系カトリック労働運動の代弁者として活動し、1906年には新聞社の共同経営者となりました。この頃、ヨーゼフ・ハッベルの娘マリアと結婚しています。

バイエルン政界への参入と躍進: 1907年バイエルン王国議会議員に当選。以後、1933年まで議席を維持しました。中央党バイエルン支部の設立にも関与し、党内左派として経済政策に携わります。彼の政治的才能は早くから開花し、1914年には中央党議員団の指導者、その後党指導者へと昇進しました。1917年にはバイエルン枢密院のメンバーとなり、枢密顧問官の称号を得て、名声を高めました。しかし、保守的な君主主義者であった彼は、1917年のドイツ社会民主党による議会改革案に反対を表明しています。

バイエルン州首相としての活動: 1924年7月、オイゲン・フォン・クニリングの後任としてバイエルン州首相に就任。ヘルト政権は、バイエルン人民党に加え、ドイツ国家人民党、ドイツ人民党、バイエルン小作農連盟などの支持を受けました。彼の政治目標は、バイエルン分離主義からの脱却とドイツ中央政府との和解でした。教皇庁とのコンコルダート締結、バイエルン福音ルター派教会との条約締結など、宗教団体との良好な関係を築きました。1925年の大統領選挙では出馬したものの、低得票率に終わっています。注目すべきは、1924年1月4日、アドルフ・ヒトラーとの会談でミュンヘン一揆で解散していたナチ党の再結成を許可した点です。

ナチスの台頭と政権の危機: 1930年代に入ると、ナチスの勢力拡大が著しくなります。1930年7月、連立を組んでいたバイエルン農民・中産階級同盟の離脱により、ヘルト内閣は少数派政権となりました。1932年の州議会選挙では、バイエルン人民党は第一党を維持したものの、ナチ党が躍進。ヘルトはナチスの脅威を認識し、突撃隊禁止令を支持するなど、対抗策を講じましたが、中央政府との関係は悪化の一途を辿ります。王太子を州長官に任命し、独裁権を握らせる計画も浮上しましたが、ヘルトは王政復古に繋がるとして計画の実行を躊躇しました。1933年1月30日、ヒトラーが首相に就任します。

失脚と晩年: 1933年2月28日、「国民及び国家保護のための大統領緊急令」が発令されると、ヘルトはヒトラーと会談。対決を回避すべく協調姿勢を示しましたが、ナチスによるバイエルン州政府への介入は避けられず、3月9日には国家全権委員が任命されました。ヘルトは州首相を解任され、スイスに逃亡、その後帰国してレーゲンスブルク1938年に亡くなりました。ナチス政権下では年金も停止され、彼の息子フィリップはダッハウ強制収容所に収容されるなど、一家も苦難を経験しました。

ヘルトの生涯は、民主主義とナチズムの狭間で揺れ動いた一人の政治家のドラマであり、ヴァイマル共和政の終焉とその後のナチス支配という歴史的転換期を理解する上で重要な視点を提供しています。彼の選択、行動、そしてその結果が、私たちに多くの教訓を与えてくれるでしょう。

もう一度検索

【記事の利用について】

タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。

【リンクついて】

リンクフリーです。