ハッピーランド放火事件

ハッピーランド放火事件は、1990年 3月25日の未明、アメリカ合衆国ニューヨーク市ブロンクス区のウェストファーム地区にあるナイトクラブ「ハッピーランド」で発生した悲劇的な火災です。この事件により、87名もの尊い命が失われました。犠牲者の大半は、カーニバルを祝うために集まっていたホンジュラス系アメリカ人の若者たちでした。この犠牲者数は、1911年に同じニューヨーク市で発生したトライアングル・シャツウェスト工場火災を上回り、さらには1986年のプエルトリコにおけるデュポン・プラザ・ホテル放火事件をも超えるもので、当時のアメリカ合衆国で発生した火災事故としては極めて大規模なものでした。

事件の犯人はフリオ・ゴンザレス。彼はクラブの従業員であった女性の元恋人でした。犯行後まもなく逮捕され、後に殺人と放火の罪で起訴されることになります。

事件発生前の状況

事件が起きる以前から、ハッピーランドには問題がありました。1988年には、非常口、火災警報器、スプリンクラーといった安全設備に不備があることが指摘され、建築基準法違反として行政指導を受けていました。しかし、ニューヨーク市消防局によるその後の改善状況の確認は行われなかったようです。

一方、犯人のフリオ・ゴンザレスは、かつてキューバ革命軍から脱走した経歴を持ち、そのために3年間服役していました。1980年に麻薬密売の前科を偽ってキューバからアメリカへの亡命を果たし、各地を転々とした後、ニューヨーク市にたどり着きました。事件の少し前には勤めていたランプ工場を解雇され、また、事件の約6週間前には恋人と別れていました。事件当時、彼は住んでいたアパートの家賃を滞納しており、大家は彼が「最後の望みにしがみついているようだった」と述べています。

事件の発生と逮捕

1990年 3月25日の深夜、フリオ・ゴンザレスは元恋人が働くハッピーランドを訪れ、復縁を強く求めました。しかし、彼女に拒絶された上、午前3時頃には店の用心棒によって外に追い出されてしまいます。目撃者によると、彼はひどく酔っており、「こんな場所、めちゃくちゃにしてやる！」と叫んでいたといいます。

店から追い出されたゴンザレスは、近くのガソリンスタンドでわずか1ドル分のガソリンを購入。その容器を持ってハッピーランドに戻ると、唯一の出入り口となっていた階段にガソリンを撒き、火を放ちました。この放火により、クラブ内にいた87名が命を落としました。犠牲者にはクラブのオーナーも含まれていました。多くの犠牲者は、炎や熱気ではなく、煙を吸い込んだことによる窒息や、パニックになった人々が狭い出口に殺到したことによる圧迫死でした。犠牲者の多くは、現地のガリフナ系アメリカ人コミュニティに属するホンジュラス系アメリカ人でした。

火災発生後、50名の消防士が消火にあたり、火はわずか5分で鎮火されました。初期の報道では生存者は3名とされましたが、後に5名または6名に修正されました。生存者の中には、犯人の元恋人やクラブオーナーの妻が含まれていました。また、重度の火傷を負いながらも一命を取り留めたDJもいました。

犯行後、ゴンザレスは帰宅し、ガソリンの染みついた服を脱ぎ捨てて眠りにつきました。一方、警察は元恋人からの証言に基づき、ゴンザレスを犯人と特定。事件翌日の昼頃、彼は逮捕され、クラブに火をつけたことを認めました。

裁判とその後の経過

フリオ・ゴンザレスは、犠牲者1人につき殺人と放火のそれぞれ2つの訴因が立てられ、合計174件の訴因で起訴されました。1991年8月、彼は87件の殺人と87件の放火の罪で有罪となり、最低25年の終身刑を宣告されました。2015年3月に仮釈放の資格を得ましたが申請は却下。次の申請が可能になる直前の2016年 9月13日、61歳だった彼は獄中で心筋梗塞により亡くなりました。

ハッピーランドが入居していた建物の所有者や土地の所有者らも、事件に関連して訴訟の対象となりました。ブロンクス地方検事は当初、クラブの立ち退きを計画していたことから建物関係者の責任は問えないと判断しましたが、ニューヨーク市法律局は建物の建築基準法違反に対する責任があるとして、軽犯罪での有罪を示唆しました。1992年5月、建物所有者ら3名に対し、社会奉仕活動と、ブロンクスにあるホンジュラス系コミュニティセンターへの15万ドルの寄付が命じられました。さらに、生存者や犠牲者の遺族が、建物関係者やニューヨーク市などを相手取り、総額5000万ドルの損害賠償を求める民事訴訟を起こしました。1995年7月、裁判所は犠牲者一人あたり16万3000ドル、合計1580万ドルの賠償金支払いを命じる判決を下しました。

事件への反応と影響

事件後、犠牲者を追悼する動きが広がりました。ハッピーランドの跡地には「87人の広場 (The Plaza of the Eighty-Seven)」が設けられ、事件現場の向かい側には87名全員の名前が刻まれた慰霊碑が建立されました。犠牲者のうち5名が通っていたセオドア・ルーズベルト高校でも追悼式が行われました。

この悲劇は、音楽作品にも影響を与えました。デュラン・デュランの楽曲「Sin of the City」や、ジョー・ジャクソンの「Happyland」は、この事件を題材にしています。

また、ハッピーランド放火事件は、建築基準法違反や賃貸契約の問題が背景にあったことから、2016年のカリフォルニア州オークランド倉庫火災など、類似の惨事と比較されることがあります。唯一の出入り口やガソリンが凶器として使われた点では、1972年のカナダ・モントリオールで発生したブルーバード・カフェ放火事件との共通点も指摘されています。

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