ハッピー・リタイアメント

浅田次郎氏による長編小説『ハッピー・リタイアメント』は、雑誌『GOETHE（ゲーテ）』にて2008年12月号から2009年11月号にかけて連載され、翌2009年11月に幻冬舎より単行本として刊行されました。その後、2011年8月には幻冬舎文庫版も登場し、多くの読者に親しまれています。

本作の執筆にあたっては、作者である浅田氏自身が、既に法律上の時効を迎えていた過去の借金を、道義的責任を感じて返済したという実際のエピソードが基になっています。また、「最高の人生とは“たいそうな給料をもらい、テキトーに仕事をする”ことである。」という、少々皮肉めいた、しかし本質を突くようなキャッチコピーがつけられています。

あらすじ

物語は、キャリア官僚ではないながらも財務省で長年勤務し早期退職を選んだ樋口慎太郎と、陸上自衛隊で叩き上げとして階級を上げ退官した大友勉という、対照的ながらも組織を離れた二人の男性を中心に展開します。

彼らが新たな働き場所として斡旋されたのは、「全国中小企業振興会」、通称JAMSと呼ばれる団体でした。しかし、その実態は名ばかりの組織であり、具体的な業務がほとんど存在しない、典型的な天下り機関だったのです。

これまでの人生で常に真面目に仕事に打ち込んできた樋口と大友にとって、ただ一日をのんびりと過ごすだけのJAMSでの日々は到底馴染めるものではありませんでした。組織の体質に疑問を抱き、不満を募らせていきます。

そんな中、彼らの前に現れるのが、JAMSの職員である立花葵です。元銀行員であり、天下り機関と化したJAMSの現状を深く憎んでいる彼女は、現状に辟易している樋口と大友に目をつけます。

立花は、彼らを相棒として巻き込み、JAMSが本来果たすべき役割である中小企業支援に関わる「本来の仕事」を始めます。この活動は、当初の予想を遥かに超える成果を上げ、彼らのセカンドライフに新たな光をもたらしていくことになります。

主な登場人物

樋口 慎太郎（ひぐち しんたろう）
56歳。財務省に33年間勤務し、課長代理まで昇進したものの、早期退職勧奨を受けてJAMSへ再就職。官舎を追われ、妻には離婚され財産も分け与えるなど、私生活は苦境にあります。作中では「慎ちゃん」とも呼ばれます。

大友 勉（おおとも つとむ）
陸上自衛隊で37年間勤務し、二等陸佐まで昇り詰めた実力者。退官後にJAMSへ。外来語を嫌い、「軍人は世事に関わらない」という信念を持つ、極めて生真面目な人物です。「ベンさん」の愛称で呼ばれます。

立花 葵（たちばな あおい）
40代半ば過ぎのJAMS職員。細身で元銀行員という経歴を持ちます。天下り機関となったJAMSを内心見下しており、現状を変えようと樋口と大友を巻き込みます。JAMS理事の矢島とは関係があります。

矢島 純彦（やじま すみひこ）
JAMS理事。元財務官僚であり、樋口とは過去に因縁がある人物です。

* 山村 ヒナ（やまむら ひな）
JAMS神田分室の嘱託職員。JAMS草創期からの古参で、天下り機関へと堕落した現在のJAMSを嘆いています。

テレビドラマ化

本作は、2015年10月18日にテレビ朝日系の「日曜エンタ」枠で、ドラマ特別企画としてテレビドラマ化されました。主人公・樋口慎太郎役を俳優の佐藤浩市さんが演じています。

主要キャストは、大友勉役に石黒賢さん、立花葵役に石田ゆり子さん、樋口の息子・タイキ役に大東駿介さん、娘・マナミ役に真野恵里菜さんらが配されました。さらに、神保悟志さん（永田役）、大島蓉子さん（山村ヒナ役）、八嶋智人さん（矢島純彦役）をはじめ、竹中直人さん、梅沢富美男さん、菊池桃子さん、浅野温子さんといった豪華な俳優陣が出演しています。

スタッフとしては、原作・浅田次郎氏、脚本・岡本貴也氏、演出・秋山純氏（テレビ朝日）などがクレジットされています。

『ハッピー・リタイアメント』は、組織を離れた中高年が、それまでの価値観とは異なる環境で新たな役割や生きがいを見出していく姿を、ユーモアと社会への皮肉を込めて描いた作品です。人生の節目における再出発や、働くことの本質について考えさせられる物語と言えるでしょう。

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