ハディース

ハディース：イスラム教における預言者ムハンマドの言行録

ハディース（アラビア語：الحديث‎ al-ḥadīth）は、イスラム教における預言者ムハンマドの言行を記録したものです。クルアーンが神の言葉であるのに対し、ハディースはムハンマド自身の言葉や行動を伝えるものであり、イスラム法（シャリーア）の重要な源泉の一つとされています。

ハディースの重要性

ハディースは、クルアーンの内容を補完し、具体的な解釈や実践方法を示す役割を果たします。ムスリムは、ハディースを通じて、礼拝の方法、日常生活の規範、倫理的な行動など、信仰生活全般における指針を得ることができます。ハディースは、スンナ（慣行）を伝えるものであり、ムスリム共同体の行動規範を形成する上で不可欠な要素となっています。

ハディースの構造と信憑性

ハディースは、主に「本文（マトン）」と「伝承経路（イスナード）」の二つの部分から構成されています。

本文（マトン）: ムハンマドの言葉や行動の内容そのもの。
伝承経路（イスナード）: そのハディースが誰から誰へと伝えられてきたかを示す、伝承者の連鎖。

ハディースの信憑性は、伝承経路の信頼性に基づいて判断されます。ハディース学者は、伝承者の記憶力、誠実さ、知識などを詳細に調査し、ハディースの真正性を評価します。一般的に、ハディースは以下の3つのカテゴリーに分類されます。

サヒーフ（真正）: 最も信頼性が高いとされるハディース。
ハサン（良好）: サヒーフに次ぐ信頼性を持つハディース。
ダイーフ（脆弱）: 信頼性が低いとされるハディース。

ハディースの編纂

9世紀頃、アッバース朝時代に、ブハーリーやムスリムなどの著名なハディース学者によって、多くのハディース集成書が編纂されました。これらの集成書は、スンナ派とシーア派でそれぞれ異なるものが採用されています。スンナ派の六大真正ハディース集成書（六書）としては、以下のものが挙げられます。

1. アル＝ブハーリー『真正集』
2. ムスリム・イブン・ハッジャージュ『真正集』
3. アブー・ダーウード『スナン』
4. アル＝ティルミズィー『スナン』
5. イブン・マージャ『スナン』
6. アル＝ナサーイー『スナン』

シーア派の四大ハディース集成書（四書）としては、以下のものが挙げられます。

1. アル＝クライニー『カーフィーの書』
2. イブン・バーバワイヒ『法学者不在のとき』
3. アル＝トゥースィー『律法規定の修正』
4. アル＝トゥースィー『異論伝承に関する考察』

ハディース研究の重要性

ハディースは、イスラム教の歴史、文化、社会を理解する上で重要な資料です。ハディース研究は、イスラム法の解釈、倫理的な問題の解決、異文化間の対話など、多岐にわたる分野に貢献しています。近年では、ハディースの信憑性に関する批判的な研究も進められており、歴史学や社会学的な視点から、ハディースの思想的・社会的影響が分析されています。

ハディースは、イスラム教徒にとって、日常生活の規範を示す上で欠かせない存在です。ハディースを理解することは、イスラム教の教えを深く理解し、ムスリムとの相互理解を深める上で非常に重要です。

参考文献

牧野信也『イスラームの原点－コーランとハディース』中央公論社、1996年。ISBN 4120026353。

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