ハナアブ

ハナアブ（花虻）

ハナアブは、ハエ目（双翅目）・ハナアブ科（Syrphidae）に属する昆虫の総称です。

概要

ハナアブ科は、体長4mm程度の小型種から25mmに達する大型種まで、形態・生態ともに非常に多様なグループです。日本には1996年の時点で少なくとも89属400種が分布すると推定されており、未記載種や国内未記録種も次々と確認されています。世界では1998年現在、188属約6,000種が確認されています。

和名に「アブ」とありますが、いわゆるアブ（直縫短角群）ではなく、ハエ（環縫短角群）の仲間です。一般的なハエと異なり、ノミバエ科やヤリバエ科などとともに、成虫の額に羽化直後にだけ機能する器官である額嚢を持たない無額嚢節に属します。

ヒラタアブ亜科の幼虫は捕食性で、アブラムシを餌とするものが多いため、かつて「食蚜蝿」の意でショクガバエ科と呼ばれていました。この名は現在ヒラタアブ亜科の一種オオショクガバエ Epistrophe grossulariae の和名に残る程度で、科の和名として使われることは稀です。またアブの仲間ではなくハエの仲間であることを明示するためにアブバエ科と呼ぶ試みがなされたこともありますが、定着していません。

特徴

形態

成虫の体は黒く、胸部や腹部に黄色や橙色の斑紋を持つものが多いため、ハチに似ており、ベイツ型擬態の好例とされています。体表に微毛はありますが、剛毛は発達しません。頭部に額嚢を欠くため額線がなく、多くのハエとは異なった顔つきをしています。

他のハエからハナアブ科を区別する形質は翅脈にあり、中脈（M）のうちのM1脈が前方に湾曲し、径脈（R）のうちのR4+5脈に接するため、これらで囲まれたr5室が閉じています。またアナアキハナアブ属 Graptomyza spp. を除き、中脈と径脈の間に偽脈(vena spuria)という肥厚部が走っています。

生態

成虫は、その名の通り花に飛来して蜜や花粉を食べるものが多いですが、そうでないものもいます。虫媒花の送粉者としても重要で、特にキク科の植物にはハナアブ科に依存したハエ媒花が多いです。

幼虫は有機物の多い水中でデトリタスを食べるもの、朽木内で育つもの、捕食性、植食性、きのこ食性など多様な生態に適応しており、それに合わせて形態も著しく多様です。

ナミハナアブ亜科のうち、ナミハナアブ族 Eristalini の幼虫は水中生活で、円筒形の本体から尾部が長く伸びて先端に後部気門が開き、これを伸縮させてシュノーケルのように用いて呼吸する生態からオナガウジ（尾長蛆）の名で知られています。生活廃水の流れ込む溝のような有機物の多い水中で生活するものがよく知られていますが、木の洞（樹洞）に溜まった水の中でゆっくりと成長する種もいます。

ヒラタアブ亜科には植物の茎葉の上で活発に移動してアブラムシを捕食するものが多く、やや扁平なウジ型をしています。フタスジヒラタアブのように、蝶や蛾の幼虫など比較的大きな昆虫を捕食していることが報告されているものもいます。

社会性昆虫の巣に依存して幼虫期間を過ごすものもいます。アリスアブ亜科の幼虫はアリの巣の中に生活する好蟻性の昆虫で、半球を押しつぶしたような形をしています。前気門が触角のように見えることとあいまってナメクジの一種ようにも見え、最初に発見されたときは軟体動物として記載された歴史があります。アリの巣の中で何を食べて育つのかははっきりしておらず、アリの幼虫を食べるという報告がある一方で、それを与えても拒否するという報告もあります。

土中に営巣するスズメバチ類の巣にはベッコウハナアブ類が侵入して外皮に産卵します。幼虫は巣の活動が盛んな時点では巣から捨てられた成虫の死体などを食べていますが、営巣末期になり巣の勢いがなくなると巣の内部に侵入し、スズメバチの幼虫を襲って食べます。クロスズメバチ類にはシロスジベッコウハナアブ Volucella tabanoides 、キイロスズメバチにはニトベベッコウハナアブ B. nitobei が寄生することが知られています。

人間との関係

ハエの仲間としては成虫が衛生害虫となるような活動をほとんどしないため、直接的には人間との利害を持たない種が多いです。ナミハナアブやシマハナアブなど、オナガウジ型のナミハナアブ族の幼虫の一部は生活廃水の流れ込む溝や家畜の排泄物の流れ込む水溜りといった汚い水に住み、その姿が気味悪がられることが多いです。この類の成虫はミツバチにきわめてよく似ており、アリストテレスがミツバチが汚水から生まれるとしているのは、これと見誤ったからではないかと言われています。

ヒラタアブ亜科のものはアブラムシの天敵として重要です。

累代飼育の容易なシマハナアブは、温室栽培の作物の受粉用に人工増殖して用いられたこともあります。

例外的に農業害虫としての性質が報告されているのがマドヒラタアブ族にいくつか知られています。植物の地下部分を幼虫が食い荒らすもので、スイセンなどの球根を食害するスイセンハナアブや、タマネギを食害するハイジマハナアブといったものです。

分類

ヒラタアブ亜科 Syrphinae
コシボソハナアブ族 :Bacchini
コシボソハナアブなど
ツヤヒラタアブ族 Melanostomatini
マメヒラタアブ族 Paragini
ヒゲナガハナアブ族 Chrysotoxini
ヒラタアブ族 Syrphini
クロヒラタアブ、ホソヒラタアブ、ヒメヒラタアブ、フデヒメヒラタアブなど
ナミハナアブ亜科 Milesiinae
ベッコウハナアブ族 Volucellini
マドヒラタアブ族 Eumerini
ハチモドキハナアブ族 Cerioidini
ナミハナアブ族 Eristalini
シマハナアブ、ナミハナアブ（ハナアブ）、アシブトハナアブ、オオハナアブ、ビルゲイツハナアブ、ポールアレンハナアブなど
オオシマハナアブ族 Sericomyini
コヒラタハナアブ族 Pipizini
ツノヒゲハナアブ族 Callicerini
ナガハナアブ族 Milesiini
ハラナガハナアブ族 Xylotini
ヒメナガヒラタハナアブ族 Pelecocerini
タマヒラタアブ族 Chrysogasterini
クロハナアブ族 Cheilosiini
* アリスアブ亜科 Microdontinae

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