ハニーランド 永遠の谷

ハニーランド　永遠の谷：伝統と現代の狭間で生きる養蜂家の物語

2019年公開の北マケドニア映画『ハニーランド　永遠の谷』（原題：Medena zemja）は、タマラ・コテフスカとリュボミル・ステファノフ監督による感動作です。このドキュメンタリー映画は、北マケドニアの山間にある小さな村ベキリヤで、孤独な生活を送る養蜂家ハティツェ・ムラトヴァの姿を追っています。

映画は、ハティツェの静かでシンプルな生活、そしてある家族が村にやってくることで生じる変化を丁寧に描きます。「半分はハチに、半分は自分に」という彼女のモットーが象徴するように、ハティツェは自然と共存する生活を何年も続けてきました。伝統的な養蜂技術を守り、野生ミツバチと共生する彼女の姿は、現代社会における人間と自然の関係性を問いかけるものです。

企画・制作：環境保護と人間のドラマ

この映画は、監督2人の2度目のタッグ作品であり、当初は北マケドニア中央部のブレガルニツァ川周辺地域を舞台にした短編ドキュメンタリーとして企画されました。スイス開発協力庁の天然資源保護プログラムの一環として政府から資金提供を受け、サンフランシスコ国際映画祭のドキュメンタリー基金からの助成金なども活用されました。

しかし、撮影開始後、ハティツェとの出会いをきっかけに、監督らは彼女の生活に焦点を当てることを決断しました。ハティツェは当初、撮影に消極的でしたが、持続可能な生活の重要性を世界に伝えるため、最終的に参加に同意しました。

撮影：3年以上の歳月とフライ・オン・ザ・ウォールの手法

撮影は2015年から3年以上をかけ、400時間以上の素材から編集されました。人里離れたベキリヤでの撮影は過酷を極め、制作クルーは数日間の滞在を繰り返し、近隣の町に通って物資の調達や機材の充電を行っていました。村には電気が通っていなかったため、照明には日光やろうそく、ガス灯などが用いられました。

映画では「フライ・オン・ザ・ウォール」の手法が採用され、ナレーションは一切なく、自然な流れで物語が展開していきます。被写体はカメラを意識せず、彼らの日常がそのまま映し出されています。この手法は、ダイレクト・シネマやシネマ・ヴェリテの影響が見て取れます。

劇的な衝突は想定されていませんでしたが、遊牧民の家族が村にやってくることで、ハティツェの生活は大きな変化を遂げます。当初はカメラを嫌がっていたハティツェと遊牧民の家族も、撮影が進むにつれて打ち解けていきました。ほとんどのシーンはドキュメンタリーとしてそのまま撮影されたものですが、遊牧民の到着シーンだけは撮り逃したため、再現されています。

音楽とその後

映画音楽は、レバノンの制作会社とマケドニアのバンドが協力して制作されました。撮影後、監督らはハティツェのために家を買い与えましたが、彼女は今もベキリヤで養蜂を続けています。

テーマ：環境問題と人間関係

『ハニーランド　永遠の谷』は、環境問題を重要なテーマとして取り上げています。地球温暖化、蜂群崩壊症候群、天然資源の乱用など、現代社会が直面する問題を、ハティツェの生活を通してビジュアル的に提示しています。また、ハティツェと寝たきりの母の親子関係は、女王蜂と働き蜂の関係に例えられるなど、人類学的な視点からも興味深い作品となっています。

公開と評価

本作は、2019年サンダンス映画祭でワールドプレミア上映され、その後世界各国で公開されました。批評家の評価も非常に高く、Rotten Tomatoesでは支持率100％、Metacriticでも高評価を得ています。アカデミー賞では、国際長編映画賞と長編ドキュメンタリー映画賞の2部門にノミネートされ、史上初の快挙を達成しました。

『ハニーランド　永遠の谷』は、美しい映像と静謐な物語で、私たちに多くのことを考えさせる、忘れられない作品です。伝統的な生活と現代社会の葛藤、自然との共存、そして人間関係の複雑さなど、様々なテーマが複雑に絡み合い、観る者の心に深く刻まれるでしょう。

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