ハプログループO1b2 (Y染色体)

ハプログループO-M176 (O1b2)

ハプログループO-M176は、分子人類学におけるY染色体の分類で、ハプログループO-M268の下位系統（サブクレード）の一つに位置づけられます。M176と呼ばれる遺伝的特徴によって定義され、系統名称としてはハプログループO1b2とも呼ばれています。かつてはO2bという名称が使用されていました。

この系統は約2万5千年から2万8千年前に遡る共通祖先から派生したと考えられています。最も近縁な系統であるハプログループO1b1との分岐は約3万1千年前と推定されています。

特に、この系統のいくつかの下位系統は、日本列島における弥生時代の集団、すなわち弥生人（倭人）と関連が深いとされています。稲作文化の伝播との結びつきが指摘されることもありますが、稲作の起源地とされる中国江南地域でのO-M176の頻度が低いことから、この系統が直接的に江南から稲作をもたらしたという説には慎重な見方もあります。現時点では、この系統が日本や朝鮮半島以外の地域に明確な起源を持つという決定的な証拠は見つかっていません。

ハプログループO-M176は、弥生時代以降の古代人骨からも複数例が確認されています。例えば、弥生時代初期の愛知県朝日遺跡、弥生時代中期および後期の鳥取県青谷上寺地遺跡、古墳時代中期（5世紀後半）の和歌山県磯間岩陰遺跡など、日本国内の遺跡から出土した人骨からこの系統が検出されています。また、朝鮮半島南部にある金官伽耶国時代の古墳や、百済国領内の甕棺墓からも確認されており、弥生時代には既に日本列島各地や朝鮮半島南部にこの系統の人々が分布していたことが示されています。これらの発見は、弥生時代の西日本に住んでいた人々と現代日本人男性の父系遺伝子の構成（特にO1b2、D、C1a1といった主要系統）が、ある程度の連続性を持っていることを示唆しています。

現代におけるハプログループO-M176は、主に日本と朝鮮民族の男性において高頻度で見られ、両民族ともに男性人口の約3割を占める主要な系統です。日本国内、韓国国内において地域的な分布に大きな偏りは見られない傾向がありますが、さらに細分化された下位系統を見ると、日本と朝鮮民族の間で頻度に違いが見られます。具体的には、日本ではO-K7/O-47z系統が多く、朝鮮民族ではO-K4系統が多く観察されます。

一方、日本列島の先住民族とされるアイヌ民族ではこの系統はほとんど検出されません。このことは、O-M176系統が主に弥生時代以降に渡来した、あるいは弥生時代に形成された集団の遺伝的特徴であることを裏付けるものと考えられています。

日本と朝鮮半島以外では、中国の満洲族やモンゴル族の一部などで低頻度ながら確認されています。特に満洲族では約3%、モンゴル族では約1.5%程度の男性に見られる報告がありますが、これらの系統の一部は歴史的な交流による影響が考えられます。しかし、シベリア、中央アジア、東南アジア、オセアニアといった他の多くの地域では、このハプログループは非常に稀であるか、あるいはほとんど見られないことが多くの遺伝学研究で示されています。

O-M176系統内の主要な下位系統として、約7千年から8千年前に共通祖先を持つとされるO-K10（O-F1204）があります。O-K10はさらに以下の三つの系統に大きく分けられます。

O-K7/O-47z: 約6300年前に共通祖先を持ちます。日本で高い頻度（約22.5%）、朝鮮民族で中程度の頻度（約8.5%）、中国で極めて低い頻度で見られます。
O-K4: 約6000年前に共通祖先を持ちます。朝鮮民族で高い頻度（約19%）、日本で中程度の頻度（約6.5%）、中国で低い頻度で見られます。
* O-CTS10687: 約5500年前に共通祖先を持ちます。日本および朝鮮民族で比較的稀（3%以下）、中国で極めて低い頻度で見られます。

これらの主要な系統に分類されないO-M176系統も、日本、韓国、中国の一部地域でわずかに確認されています。

総じて、ハプログループO-M176は、現代の日本と朝鮮半島の男性集団における重要な父系遺伝的要素であり、特に日本においては、弥生時代に始まる農耕文化の拡散やそれに伴う人口の増加、そしてその後の集団形成過程と密接に関連していると考えられています。

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