ハムライス

ハムライス：大正時代の洋食ブームと、その興亡

ハムライスは、ハムとご飯を炒めて作る、一見シンプルな料理です。塩コショウでシンプルに味付けしたものや、トマトケチャップを使ったものなど、バリエーションがあります。後者は、鶏肉を使うとチキンライスになるため、その日本版、あるいは日本生まれの洋食と捉えることもできます。

その歴史は古く、大正時代末期にトマトケチャップを使ったハムライスが登場すると、たちまち人気を博しブームを巻き起こしました。しかし、その後はチキンライスの人気に押され、次第にその姿を消していった料理でもあります。現在でも、ハムライスを提供する飲食店は存在しますが、かつてほどの知名度や人気はありません。

ハムライスの誕生とブーム

ハムライスの発祥については諸説ありますが、当時高価だったハムの端材を活用しようとした、洋食屋の料理人の発想から生まれたという説が有力です。1918年（大正7年）の『海軍五等主厨厨業教科書』には、「チキン、ライス」と並んで「ハム、ライス」が記載されており、すでにこの時代には料理として認識されていたことがわかります。

1920年（大正9年）には、東京市営食堂のメニューにも採用され、市民に広く親しまれる存在となりました。当時、一般的な定食やカレーライスが10銭～15銭だったのに対し、ハムライスは天丼と同じ20銭と、やや高価格帯だったようです。

特に、トマトソースを使ったハムライスは人気が高く、1924年（大正13年）に東京・神田須田町に開店した須田町食堂が最初に提供したとされています。カレーライスやハヤシライスよりも高い価格設定にも関わらず、赤いトマトソースの見た目が食欲をそそり、瞬く間に人気メニューとなりました。このトマトケチャップを使ったハムライスは、他の飲食店にも広まり、大きなブームを巻き起こしました。

家庭への普及：「ハムライスの素」

飲食店で人気となったハムライスは、家庭にも普及していきました。大正時代末期には、鎌倉ハム富岡商会が、ハム製造の端材有効活用として「ハムライスの素」という缶詰を発売しました。ご飯と混ぜて炒めるだけで簡単にハムライスが作れる画期的な商品で、簡易調理商品の先駆けと言えるでしょう。

「ハムライスの素」は高級食材として扱われ、ヒット商品となりました。鎌倉ハムはその後、「チキンライスの素」も発売しますが、こちらは「ハムライスの素」を上回る人気となりました。他の企業も追随し、明治屋や愛知トマト製造（現・カゴメ）なども同様の商品を発売しました。

しかし、太平洋戦争後には、鎌倉ハムは「ハムライスの素」と「チキンライスの素」の製造を中止します。戦後、チキンライスが日本社会に定着する一方、ハムライスは次第に忘れられていきました。

ハムライスの調理法と栄養価

ハムライスは、ハム以外にもタマネギ、シイタケ、マツタケ、グリーンピース、パセリなどを加えることもあります。ご飯はあらかじめ炒めておく場合と、生米から炊き上げる場合があります。トマトケチャップを使う場合は、鶏肉を使うとチキンライスになりますし、ウサギや豚の肉、ベーコンなどを用いるアレンジも可能です。ただし、トマトケチャップを使ったものはケチャップライスであってハムライスではない、という見解もあります。

栄養価については、医学博士の小田静枝は、ハム70g、タマネギ50g、マーガリン10gの場合、米飯を除いた具材の栄養価を分析し、カルシウム、鉄、ビタミン類が不足していることを指摘しています。そのため、ハムの量を減らし、他の栄養価の高い食材を加えることを推奨しています。一方、小林完は米飯を含めた栄養価を分析し、異なる結果を示しています。これは、使用する食材の量や種類に違いがあるためです。

ハムライスを取り上げた作品

ハムライスは、楽曲の題材にもなっています。山本正之の「友情のハムライス」では、トマトを使わないシンプルなハムライスが、貧乏学生の節約料理として描かれています。

このように、ハムライスは、その誕生から現在まで、食文化の中に様々な形で存在し続けている料理です。その歴史と背景を知ることで、より一層、このシンプルな料理の奥深さを味わえるのではないでしょうか。

もう一度検索