ハリー・クラドック

ハリー・クラドック：伝説のバーテンダー、その生涯とカクテル

ハリー・クラドック（Harry Craddock、1876年8月29日 - 1963年1月25日）は、イギリス出身の著名なバーテンダーです。彼はロンドンの名門サヴォイ・ホテルでチーフ・バーテンダーを務め、その名を世界に轟かせました。また、1930年には伝説的なカクテルブック『サヴォイ・カクテルブック』を編纂し、今日に至るまで多くのバーテンダーやカクテル愛好家に影響を与え続けています。

波乱万丈な人生

1876年、ハリー・クラドックはイギリスのグロスタシャー州ストラウドで、仕立て屋と織物職人の両親のもとに生まれました。22歳の時、客船テュートニック号でアメリカへ渡り、クリーブランド、シカゴ、ニューヨークといった都市でバーテンダーとしての腕を磨きました。彼は都市部のホテルだけでなく、リゾート地のホテルにも赴き、その技術を披露しました。1908年からの4年間は、当時イギリス領だったバハマのナッソーにあるコロニアル・ホテルで働いています。バーテンダーという仕事を選んだ理由は定かではありませんが、アメリカ時代は飲食業に携わっていたようです。

1916年9月、クラドックはアメリカ合衆国の国籍を取得しました。イギリス国籍も保持していたため二重国籍となりましたが、当時は珍しいことではありませんでした。第一次世界大戦にアメリカが参戦すると、彼は自ら志願兵として参加を希望しました。1917年6月には、アイルランド出身のアニー・フィッツジェラルドと結婚。アニーは未亡人で、13歳の娘ルイーズ・エミリーがいましたが、結婚当時はアニーの姉の家に預けられていました。1920年、ルイーズ・エミリーもクラドックらと共にマンハッタンで暮らすことになります。

禁酒法とサヴォイ・ホテル

アメリカの複数のホテルに勤務した後、1920年にアメリカで禁酒法が施行されたことを機に、クラドックは妻子と共にイギリスのリヴァプールへ移住します。マンハッタンの賃貸契約を5年分残したままの決断でした。同年、サヴォイ・ホテルのアメリカン・バーで働き始めます。ニューヨークの賃貸住宅は、後に娘のルイーズ・エミリーが再びアメリカへ戻った際に住むことになりました。

サヴォイ・ホテルでのクラドックは、瞬く間にその名声を確立しました。彼の卓越した技術と人柄は、多くの顧客を魅了し、アメリカン・バーはロンドンの社交界における重要な拠点となっていきました。

『サヴォイ・カクテルブック』

1930年、クラドックが編纂した『サヴォイ・カクテルブック』の初版が発行されました。この書籍には、750種類ものカクテルのレシピが収録されており、今日に至るまで改版を重ね、出版され続けています。また、クラドック自身が創作したカクテルも多数存在し、コープス・リバイバーNo.2やホワイト・レディなどは、現在でも世界中のバーで愛されています。

クラドックの人気は非常に高く、1927年にはロンドンのマダム・タッソー館に彼の蝋人形が登場するほどでした。

1930年12月には、アメリカの現状視察と称してニューヨークへ一時帰国しましたが、クラドックのカクテルを求めるサヴォイ・ホテルの顧客からの要望に応え、短期間でロンドンへ戻りました。1933年にアメリカの禁酒法が廃止されると、アメリカ国内の複数の高級ホテルからバーテンダーとしての復帰のオファーを受けましたが、彼はこれを断っています。

その後

1934年には、UK Bartenders Guildの設立に関与しました。1939年にサヴォイ・ホテルを退職し、ザ・ドーチェスターへ移籍。その後、ブラウンズ・ホテル(Browns Hotel)に移り、1947年に引退しました。

引退後、彼は自身の経歴についてメディアで語ることはほとんどありませんでしたが、1960年の85歳の誕生日に記者のインタビューに応じ、1930年代にバッキンガム宮殿に招かれ、当時のイギリス国王ジョージ5世や、後に国王となるジョージ6世らにカクテルを作った思い出などを語っています。

1963年、クラドックは脳溢血のためロンドン郊外の老人ホームで亡くなり、共同墓地に埋葬されました。彼は私生活を語ることを好まなかったため、妻アニーとの夫婦関係や結婚後の暮らしぶりについては、記録や証言がほとんど残っておらず、詳細は不明です。アニーとの間に子供はいませんでしたが、義理の娘ルイーズ・エミリーは結婚後、アイルランドのコークで暮らし、1993年に89歳で亡くなりました。

2013年には、クラドックとハリー・ジョンソン (バーテンダー)の伝記『The DEANS Of DRINK』（Jared McDaniel Brown、 Anistatia Renard Miller共著）が出版されました。

代表的な創作カクテル

コープス・リバイバーNo.2
ホワイト・レディ（異説あり）
ロブ・ロイ
ブラッド・アンド・サンド
* アラスカ

ハリー・クラドックは、バーテンダーという職業を芸術の域まで高めた人物として、その名は永遠にカクテル史に刻まれています。

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