ハロルド・クーン

ハロルド・ウィリアム・クーン（Harold William Kuhn、1925年 7月29日生 - 2014年 7月2日没）は、アメリカ合衆国の著名な数学者および経済学者です。カリフォルニア州サンタモニカに生を受け、生涯にわたり数理科学と経済学のフロンティアを開拓しました。特に、ゲーム理論、線形計画法、非線形計画法、組み合わせ最適化、そしてオペレーションズ・リサーチといった分野で顕著な業績を挙げ、その功績は今日に至るまで多くの研究者や実務家に影響を与えています。日本では、彼の姓を「キューン」と表記する例も見られます。

略歴

クーンの人生とキャリアは、学術研究と教育への情熱に満ちていました。1925年にカリフォルニアで誕生した後、若い時期には米国陸軍に勤務しました（1944年～1946年）。この期間には、イェール大学にて陸軍の語学プログラムの一環として日本語の訓練を受けています。

高等教育は、カリフォルニア工科大学でスタートし、1947年に理学士号（B.S.）を取得して卒業しました。その後、プリンストン大学に進学し、1948年に修士号（M.A.）を、1950年には博士号（Ph.D.）を取得しました。博士課程修了後、1949年から1950年にかけてはプリンストン大学のヘンリー・B・ファイン専任講師を務めました。

研究者としての視野を広げるため、1950年から1951年にはフルブライト研究学者としてフランス・パリで学びました。帰国後、1951年にプリンストン大学の講師となり、翌1952年にはブリン・マー・カレッジの准教授に就任しました。しかし、彼の主要なキャリアは再びプリンストン大学で展開されます。

海外での研究活動はその後も続き、1958年から1959年には全米科学財団（NSF）シニア博士研究者フェローとしてロンドン・スクール・オブ・エコノミクス（LSE）で、1965年から1966年にはイタリア・ローマ大学で、そして1971年から1972年にも再びNSF教員研究者フェローとしてLSEで研究を行いました。

プリンストン大学には1959年に准教授として戻り、1963年には教授に昇任しました。長年にわたり同大学で教鞭を執り、1995年に数理経済学の名誉教授として定年退職しました。晩年はニューヨーク市に転居し、2014年にその生涯を終えました。

主要な業績

クーンは、プリンストン大学において、経済学者としては価格理論、経営経済学、ミクロ経済学、貿易理論、数理経済学などを、数学者としては線形計画法や非線形計画法などを講義し、教育者としても多大な影響を与えました。

研究者としては、ゲーム理論、最適化理論、アルゴリズム開発など、幅広い分野で画期的な成果を発表しています。

カルシュ＝クーン＝タッカー条件 (KKT条件)：非線形計画法における最適性の必要条件として、アルバート・タッカーらとの共同研究（1950年）で定式化され、この分野の基礎となりました。
ハンガリー法：割当問題を効率的に解くためのアルゴリズム「ハンガリー法」（1955年）を記述し、このアルゴリズムの普及に貢献しました。
ゲーム理論への貢献：広範囲ゲーム（展開型ゲーム）に関する初期の研究（1950年）や、2人零和ゲームにおけるナッシュ均衡を計算するアルゴリズムの開発（1959年）など、ゲーム理論の発展に寄与しました。また、「クーン・ポーカー」として知られる単純化されたポーカーモデルは、不完全情報ゲームの研究に用いられています。
その他の研究：スパーナーの補題の拡張（1960年）、単体の細分を用いた固定点の近似アルゴリズム（1968年）、多項式の根を見つけるためのアルゴリズム（1974年）など、純粋数学や計算論においても重要な研究成果を上げました。また、古典的な巡回セールスマン問題（特に非対称な6都市問題）についても、晩年に新しい研究（1991年、ヘイル・トゥロッタと共同）を行っています。

さらに、クーンは編集者としても活動しました。アルバート・タッカーと共に『ゲーム理論（Ⅰ）（Ⅱ）』や『線形不等式と関係システム』といった古典的な著作を編集し、これらの分野の知識普及に貢献しました。また、G・P・シェーゴ（Szego）との共同編集による『数学システム理論と経済学』や『微分ゲーム』も出版しています。

受賞・栄誉

クーンの学術的な貢献は高く評価され、多くの栄誉に輝きました。

1980年には、オペレーションズ・リサーチ学会よりデヴィッド・ゲール、アルバート・タッカーと共にジョン・フォン・ノイマン理論賞が授与されました。これは、理論オペレーションズ・リサーチにおいて顕著な貢献をした研究者に与えられる権威ある賞です。
1982年には、グッゲンハイム助成金を得ました。
1992年には、アメリカ芸術科学アカデミーのフェローに選出されました。
2002年には、オペレーションズ・リサーチ経営科学研究所（INFORMS）からフェローズ賞が贈られました。

著作

クーンは自身の研究成果を多数の論文や著書として発表しました。代表的な原著には、ゲーム理論に関する古典的な編集書や、ハンガリー法に関する論文などがあります。日本語訳としては、シルヴィア・ナサーとの共著である『ナッシュは何を見たか――純粋数学とゲーム理論』（原題：The Essential John Nash.の翻訳）が出版されています。

ハロルド・クーンは、数理科学と経済学の融合分野において、理論と応用の両面で礎を築いた偉大な学者として記憶されています。彼の研究は、今日の最適化問題やゲーム理論の研究に不可欠な概念や手法を提供し続けています。

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