アルバート・タッカー

アルバート・タッカー

アルバート・ウィリアム・タッカー（Albert William Tucker, 1905年11月28日 - 1995年1月25日）は、カナダ生まれの著名な数学者です。彼は特に、ゲーム理論、線形計画法、非線形計画法、トポロジー、オペレーションズ・リサーチといった分野で重要な足跡を残しました。その学術キャリアの大半をアメリカ合衆国のプリンストン大学で過ごし、教育者としても研究者としても多大な影響を与えました。

生涯とキャリア

1905年、カナダのオンタリオ州オシャワに生を受けたタッカーは、高校で数学教師だった父親の影響を受けながら育ちました。大学に進学するための奨学金を得るため、高校の最終学年を一年間繰り返すという経験をしています。トロント大学に進学し、1928年に学士号（B.A.）、1929年には修士号（M.A.）を取得しました。その後、プリンストン大学の大学院に進み、そこで微積分学の学生指導にあたるなど、早くから教育への関心を示しました。1932年、ソロモン・レフシェッツの指導のもと、「多様体への抽象的アプローチ」と題した論文でプリンストン大学から博士号（Ph.D.）を取得しました。

博士号取得後、1932年から1933年にかけてナショナル・リサーチ・フェローとして、ケンブリッジ大学、ハーバード大学、シカゴ大学で研究活動を行いました。1933年にプリンストン大学に戻ると、学部教員としての道を歩み始めます。助教授、准教授を経て、1946年には正教授に昇任。1953年には特別教授職（the Dod professorship）に就任すると同時に、学部長も兼任するなど、大学運営においても重要な役割を担いました。プリンストン大学以外にも、スタンフォード大学、MIT、コーネル大学、ダートマス大学など、多くの大学で客員教授を務め、幅広い学術交流を行いました。1974年、長年勤めたプリンストン大学を定年退職し、名誉教授の称号を得ました。1995年、ニュージャージー州ハイストウンのメドウレイクス長老教会派ホームで、89年の生涯を終えました。

主要な業績

タッカーの学術的貢献は多岐にわたりますが、特にゲーム理論と最適化分野における仕事は特筆されます。1940年代から線形計画法とゲーム理論の研究に着手し、これらの分野の発展に寄与しました。中でも広く知られている業績の一つに、「囚人のジレンマ」の命名と解釈があります。1950年、メリル・M・フラッドとメルヴィン・ドレシャーズが提示した協力と対立に関するモデルに対し、彼はこの象徴的な名称を与え、非ゼロ和ゲームにおける戦略的意思決定のパラドックスとして明確に位置づけました。これはゲーム理論の最も有名な例として、経済学、政治学、生物学など様々な分野で活用されています。

また、非線形計画法における根幹的な成果として知られるカルシュ＝クーン＝タッカー条件（クーン＝タッカー定理とも称される）にも、その名を残しています。これは制約付き最適化問題において、局所最適解であるための必要条件（特定の条件下では十分条件）を与えるもので、現代の最適化理論やその応用において不可欠な概念となっています。

教育者および協力者として

タッカーは優れた研究者であると同時に、傑出した教育者でした。プリンストン大学において、多くの優秀な学生を博士課程で指導し、彼らは後にそれぞれの分野で世界的な学者となりました。彼の指導を受けた人物には、ミシェル・バリンスキー、ジョン・ナッシュ（ノーベル経済学賞）、ロイド・シャープレー（ノーベル経済学賞）、マービン・ミンスキー（チューリング賞）、ジョン・ウィラード・ミルナー（フィールズ賞）、ハロルド・クーン（ジョン・フォン・ノイマン理論賞を共同受賞）など、ノーベル賞やフィールズ賞といった権威ある賞の受賞者を含む、錚々たる顔ぶれが含まれます。また、ハロルド・クーンとは多くの論文や著作で協力関係を築きました。彼は共同で、ゲーム理論に関するシリーズ5冊と線形不等式に関するシリーズ1冊を編集するなど、分野の整備と普及にも貢献しました。

その他の活動

学術研究や教育に加え、タッカーは様々な活動に従事しました。1956年にはオーストラリアの4大学でフルブライト講義を行い、1959年にはヨーロッパ経済機構のためにいくつかのヨーロッパの大学で講義を行うなど、国際的な交流にも積極的でした。また、定年退職後の1974年からは、プリンストン大学数学学部の歴史を後世に残すため、「口述歴史プロジェクト」を組織し、その編纂に情熱を注ぎました。完成まで18年を要したこのプロジェクトでは、アルベルト・アインシュタイン、ジョン・フォン・ノイマン、クルト・ゲーデルといった20世紀を代表する学者に加え、コンピュータ科学の先駆者ハーマン・ゴールドスタイン、ノーベル物理学賞を二度受賞したジョン・バーディーン、同じくノーベル物理学賞受賞者であるユージン・ウィグナーなど、錚々たる人物たちの証言を記録しました。

栄誉と受賞

タッカーは長年の功績に対し、多くの栄誉を受けました。1961年にはダートマス大学より名誉教授の称号が贈られました。1968年には数学学会（Mathematical Association of America）から「卓越したサービス賞」を受賞し、教育や学会活動への貢献が評価されました。1980年には、ゲーム理論およびオペレーションズ・リサーチ分野で権威のあるジョン・フォン・ノイマン理論賞を、デヴィッド・ゲール、ハロルド・クーンと共に受賞しました。また、アメリカ数学学会（American Mathematical Society）のメンバー、数学学会（Mathematical Association of America）の会長、アメリカ科学振興協会（AAAS）の副会長、アメリカ芸術科学アカデミーのメンバーなど、多くの学術組織で要職を歴任しました。

主な著作

(with H. W. Kuhn eds.) Contributions to the Theory of Games, Annals of Mathematical Studies, 1950
(with H. W. Kuhn eds.) Linear Inequalities and Related Systems, Annals of Mathematical Studies, 1956
(with Allan Gewirtz, Harry Sitomer) Constructive Linear Algebra, Englewood Cliffs, 1974
(with Evar Nering) Linear Programs and Related Problems, Academic Press, 1993

アルバート・タッカーは、ゲーム理論や最適化といった現代数学の重要な分野を切り拓き、数多くの優れた研究者を育てた功績から、20世紀後半の数学史において極めて影響力の大きい人物の一人として記憶されています。

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