ハンス・グラース (自動車メーカー)

ハンス・グラース社：バブルカーから高級車へ、そしてBMWへ

ハンス・グラース GmbH は、かつて西ドイツのディンゴルフィンクを拠点としていた自動車メーカーです。1895年、アンドレアス・グラースがピルスティンクで農業機械の修理会社を創業したことが始まりです。当初は従業員16名ほどの小さな会社でしたが、種まき機の製造販売で事業を拡大し、1905年にはディンゴルフィンクに支店を開設しました。

アンドレアスの息子、ハンス・グラースは、機械技術を学び、1924年に家業を継ぎました。第二次世界大戦後、種まき機の需要減少を受け、新たな事業として、小型のCarrowや製パン機械の製造に着手します。

ゴッゴモビルの誕生と成功

転機は1950年代に訪れました。イタリアでヴェスパを見て着想を得たハンスは、スクーター「ゴッゴローラー」を開発、1951年に生産を開始します。このスクーターは、のちの「ゴッゴモビル」にも受け継がれる「ゴッゴ」という愛称で親しまれ、1956年までに4万6千台以上を製造しました。

1955年、ハンス・グラースはリアエンジン搭載の超小型車「ゴッゴモビル」を発表します。これは当時のドイツで流行したバブルカーの中でも、高い実用性で人気を博し、250cc～400ccの2ストロークエンジンを搭載したミニカーは市場で大きな成功を収めました。1958年には、より大型の700cc級コンパクトカー「ゴッゴモビル・イザール」も追加されました。

高級車への挑戦と経営破綻

しかし、ハンスの野望はミニカー市場にとどまりませんでした。1962年には、ピエトロ・フルアがデザインした1000ccクラスの小型セダン「グラース・1004」を発表し、上級クラスへの進出を目指します。このモデルは、SOHCエンジンと革新的なコグドベルト駆動を採用するなど、技術的にも先進的なものでした。

その後も、フルアデザインの1300GT（後に1700GT）や、2.6L V8エンジンを搭載した豪華クーペ「2600GT」を発売しますが、市場での競争激化や販売不振により経営は悪化。1966年には経営破綻し、BMWに工場設備などを譲渡しました。

BMWによる買収とグラース社の終焉

BMWはグラース社の技術と生産設備を吸収し、一部のモデルをBMWブランドとして生産を継続しました。グラース・1300GTはBMW 1600GT、2600GTは3000GTとして販売されましたが、1968年にはBMW独自のクーペを発売、グラースブランドの生産は終了します。

ゴッゴモビルは1969年まで生産され、累計28万台以上を記録。ハンス・グラースも同年、インフルエンザのため死去しました。ハンス・グラース社の四輪車事業で真の成功を収めたのはゴッゴモビルだけだったと言えるでしょう。

BMWとディンゴルフィンク工場

BMWは、グラース社の買収によってディンゴルフィンク工場を獲得しました。この工場はその後、BMWの重要な生産拠点として発展し、2008年時点では世界最大のBMW工場となりました。

ハンス・グラース社の歴史は、小さな修理会社から出発し、革新的なバブルカーで成功を収め、高級車市場への挑戦を経て、最終的にはBMWに吸収合併されるという、ドイツ自動車業界における興亡の一例として、興味深いものです。 ゴッゴモビルという、独特な名前とデザインの車は、今も多くの人の記憶に刻まれています。

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