ハース投影式

ハース投影式

ハース投影式（ハースとうえいしき、英: Haworth projection）は、環状構造をとる糖類の立体的な配置を表現するために用いられる構造式です。特に五炭糖や六炭糖といった単糖類が、水溶液中で分子内ヘミアセタールまたはヘミケタール結合を形成して安定な環状構造（ピラノース環やフラノース環）をとる際に、その立体異性体であるアノマーや、環上の各ヒドロキシ基などの置換基が環平面に対してどちらの方向（上か下か）に向いているかを示すのに適しています。この表現方法は、イギリスの著名な化学者であるウォルター・ハース卿によって1929年に提唱され、彼の糖化学への多大な貢献の一つとして知られています。

ハース投影式では、環状の糖分子を、環がおおよそ水平な平面上に横たわっているような形で図示します。具体的には、環を構成する原子を、環員数に応じた上下につぶれた五角形（フラノース環の場合）または六角形（ピラノース環の場合）として描きます。この図式では、環の最も手前側にある結合は太線で強調して描かれることがありますが、これは省略されることもあります。

環を構成する炭素原子は、通常、右下隅から始め、時計回りに番号を振っていきます。一番右下にある炭素が1位（アノマー炭素）となることが多く、そこから左下、左上、右上、右下と順に番号が振られるイメージです。環の中に含まれる酸素原子は、通常、環の右上または奥側に配置されます。

そして、環を構成する原子から伸びる置換基（ヒドロキシ基、水素原子など）は、その結合が環平面に対して上方向に出ているか、下方向に出ているかに応じて、それぞれ環から上向きの線または下向きの線として描かれます。例えば、環平面よりも上に位置するヒドロキシ基は環の上側に、環平面よりも下に位置する水素原子は環の下側に描かれます。このシンプルな規則によって、環状糖分子の立体構造を二次元平面上に効果的に表現することができます。

ハース投影式は、フィッシャー投影式と密接に関連しており、これら二つの投影式は比較的容易に相互変換することが可能です。フィッシャー投影式で開鎖状に描かれた糖を環化反応を模倣するように配置し直すと、ハース投影式に変換できます。この変換における基本的なルールは、フィッシャー投影式で炭素骨格の右側に描かれた置換基はハース投影式では環の「下側」に、左側に描かれた置換基は環の「上側」に位置するというものです。ただし、アノマー炭素や環を形成する原子の位置については特別な考慮が必要です。

単糖だけでなく、二糖や多糖といった複数の単糖単位がグリコシド結合によってつながった分子構造も、ハース投影式を用いて表現することができます。この場合、それぞれの構成単糖を個別にハース投影式で描き、それらを適切なグリコシド結合の向きと立体配置で連結して図示します。これにより、複雑な糖鎖全体の立体的な繋がり方を明確に示すことができます。

ハース投影式は、糖類の立体化学、反応性、生化学的機能などを理解する上で不可欠なツールです。様々な糖分子の構造を視覚化することで、化学反応における選択性や、生体内の分子認識機構などをより深く考察することが可能になります。

関連項目
投影式
ニューマン投影式
ナッタ投影式
* のこぎり台投影式

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