バベルの塔 (ブリューゲル)

ピーテル・ブリューゲル作『バベルの塔』は、フランドル派の巨匠による代表作の一つとして知られています。旧約聖書『創世記』に登場するバベルの塔を主題とした絵画で、現在、ウィーン美術史美術館とロッテルダムのボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館にそれぞれ異なるサイズの作品が所蔵されています。前者を『大バベル』、後者を『小バベル』と呼ぶのが一般的です。

ブリューゲルは、生涯に3点のバベルの塔を描いたと伝えられていますが、その最初の作品は象牙に描かれた細密画で、現存していません。『大バベル』と『小バベル』は、どちらも木板に油彩で描かれた板絵であり、『小バベル』は『大バベル』の約半分ほどの大きさです。両作品は基本的な構成は似ていますが、塔の細部や周囲の風景描写には違いが見られます。『大バベル』では、塔の前面にはニムロド王と思われる人物を中心とした人々が描かれ、塔は都市に隣接して描かれていますが、『小バベル』では塔は開けた田園風景の中に位置しています。

『創世記』によれば、バベルの塔は、人々が共通の言語を用いて天に届く塔を建設し、地上に散らばることを防ごうとした物語が描かれています。ブリューゲルの『バベルの塔』は、この聖書の物語をそのまま表現したものではなく、ブリューゲルの独自の解釈が加えられています。

ブリューゲルが描いたバベルの塔は、ローマ時代のコロッセオを思わせる数多くのアーチで構成されています。これは、コロッセオがキリスト教徒にとって尊大さと迫害の象徴と見なされていたことと関連していると考えられます。ブリューゲルは1552年から1553年にかけてローマに滞在しており、そこで目にした建造物や歴史的史跡の経験が、この作品に反映されていると考えられています。

当時、古代バビロンとローマ帝国の類似点は、人々の間で特別な意味を持っていました。ローマ帝国はかつて栄華を極めましたが、その衰退と滅亡は、人間の努力の無常さを象徴するものでした。さらに、バベルの塔は、ラテン語を用いるカトリック教会と、世俗の言語を用いるプロテスタントとの間の宗教的論争の象徴としても解釈されていました。1568年にアントウェルペンで出版された6か国語聖書も、この題材への関心を高める一因となった可能性があります。

絵画においては、傾斜地に建設されたアーチ構造の不安定さが表現されており、既に崩壊しかかっているアーチも見られます。塔の基部は完成していますが、上部は未完成の状態で描かれています。ブリューゲルと同時代の画家ルーカス・ファン・ファルケンボルフもバベルの塔を描いていますが、ブリューゲルの作品の影響を受けている可能性が指摘されています。

ブリューゲルは『バベルの塔』と『サウルの自害』の2作品のみを『旧約聖書』から題材として描きました。これらの作品は、増長者の罰という共通のテーマを持ち、人間の努力の無益さを示唆していると解釈できます。これは、ドイツの風刺作家ゼバスティアン・ブラントの『阿呆船』にも見られるテーマです。

ブリューゲルは建築や建造物に関する深い知識を持っていたようで、『大バベル』『小バベル』ともに、ローマ建築に見られる石材の張り付け工法が正確に描かれています。これは、コロッセオなど大規模建造物によく用いられた手法です。メトロポリタン美術館のキュレーターであるナディネ・オーレンシュタインは、ブリューゲルがローマ滞在中にコロッセオを描いたスケッチを元に『バベルの塔』を描いた可能性を示唆していますが、確証は得られていません。

ブリューゲルの習作は現存していませんが、両作品の詳細な描写の一致から、十分な準備の上で制作されたと考えられています。『バベルの塔』は、山並みが描かれていない点を除けば、ブリューゲルの初期作品に見られる「ワールド・ランドスケープ」の構成要素をすべて備えています。『大バベル』では、塔が峻険な小山を覆うように描かれており、画面中央と右上に岩が突き出している様子が表現されています。

『大バベル』には、画面左下の石材に「Brvegel. FE. M.CCCCC.LXIII」とブリューゲルの署名と制作年（1563年）が記されています。これは、ブリューゲルのパトロンであったアントウェルペンの銀行家ニコラース・ヨンゲリンクのために描き入れられたものです。

『バベルの塔』は、その後、大衆文化においても様々な作品に影響を与えています。シヴィライゼーションIIIやコール オブ デューティ ブラックオプス2といったゲーム作品において、そのイメージが用いられています。

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