バリツ

バリツ：シャーロック・ホームズと謎の日本武術

アーサー・コナン・ドイルの推理小説『シャーロック・ホームズシリーズ』に登場する「バリツ (baritsu)」は、1903年発表の『空き家の冒険』で初めて言及される架空の日本武術です。ホームズは宿敵モリアーティ教授との死闘を生き延びた理由として、バリツの心得があったと語ります。しかし、このバリツの正体は長らく謎に包まれてきました。

バリツの正体を探る：諸説と歴史的背景

一般的にはバリツは柔道を指すと考えられていますが、確たる証拠はなく、複数の説が存在します。主な説は以下の3つです。

1. 柔道説:最も一般的な解釈で、明治時代の日本では講道館柔道も柔術流派の一つと見なされ、「柔術家」を自称する者もいました。この時代背景から、バリツを柔道と同一視する説が有力です。しかし、純粋な戦闘技術としての「柔術」と武道としての「柔道」は明確に区別されるようになったのは第二次世界大戦後であり、ドイルが両者を明確に区別していたとは考えにくい点も考慮すべきです。

2. 武術（bujitsu）誤記説: 江戸川乱歩や吉田健一らによって結成された「ベーカー・ストリート・イレギュラーズの東京バリツ支部」では、ホームズが「日本式レスリングを含む武術（bujitsu）の心得がある」と発言し、ワトソンが誤って「baritsu」と表記したという説が提唱されました。この説は、当時の日本における武術の多様性を考慮すると、ある程度の説得力を持っています。

3. バーティツ（bartitsu）誤記説: 1899年、イギリス人エドワード・ウィリアム・バートン＝ライトが日本人の谷幸雄と共に帰国し、レスリング、日本の柔術、シュヴィンゲン、ラ・カンなど様々な武術を組み合わせた護身術「bartitsu（バーティツ）」をロンドンで教授していました。『ピアスンズ・マガジン』への掲載や、ロンドン・タイムズ紙での紹介記事において「baritsu」との誤記が見つかったことから、ドイルがバーティツの記事を参考に「baritsu」と記述した可能性が高いとされています。ドイルは、このバーティツの創始者と親交があったとも推測されています。バーティツはその後廃れていましたが、2002年に国際協会が設立され、現代に復活を果たしています。

「最後の事件」の挿絵とバリツ

『最後の事件』の挿絵には、ホームズとモリアーティ教授の格闘シーンが描かれています。この挿絵では、レスリングのグレコローマンスタイルの組み手が表現されており、柔術とは異なる様式です。シャーロキアンの中には、挿絵を元に、ホームズはモリアーティ教授の勢いを利用した技（例えば巴投げ）を使ったのではないかと推測する者もいます。実際のバーティツもレスリングの技術を取り入れていたため、挿絵と矛盾するものではありません。

まとめ：解き明かされない謎

「バリツ」の正体は、いまだに明確な結論に至っていません。柔道、武術、バーティツ、そしてそれらの混在といった可能性が考えられ、小説における創作の自由度も考慮する必要があります。しかし、様々な説を検討することで、当時の武道事情や、ドイルの創作背景を理解する上で、貴重な手がかりとなります。 ホームズの活躍を彩る「バリツ」は、これからも謎めいた魅力を放ち続け、人々の想像力を掻き立てることでしょう。 今後の研究によって、新たな証拠や解釈が生まれ、この謎が解き明かされる可能性も秘めています。 そして、その謎解きは、シャーロキアンたちの飽くなき探究心を刺激し続けるでしょう。

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