バリトン (弦楽器)

バリトン：共鳴弦が奏でる響き

バリトン（伊: Viola di bardone）は、18世紀を中心にオーストリアや南ドイツ、東欧の一部地域で用いられた撥弦と擦弦の機能を併せ持つユニークな楽器です。その外見はヴィオラ・ダ・ガンバに類似しており、ネックにはフレットが取り付けられています。基本的な構造として、演奏者が弓で擦るための6本から7本のガット弦が張られています。

この楽器の最大の特徴は、これらのガット弦の下に、9本から多いものでは24本にも及ぶ金属製の共鳴弦が張られている点です。これらの共鳴弦は、上部のガット弦が振動した際にそれに呼応して振動し、楽器全体の響きを豊かにする役割を果たします。さらに特筆すべきは、これらの共鳴弦を左手の親指で直接弾いて演奏することもできる点です。これにより、擦弦楽器でありながら撥弦楽器のような独特の効果を生み出すことが可能となっています。

歴史と衰退

バリトンに関する現存する最も古い記録の一つとして、1704年にヴュルテンベルク公国のクリスティアン・ウルリヒ公に献呈されたヨハン・ゲオルク・クラウゼの楽曲集が挙げられます。この楽器が貴族階級の間で愛好されていたことが窺えます。

バリトンのために書かれた楽曲の中で最もよく知られているのは、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンによる作品群でしょう。ハイドンは、自身のパトロンであり熱心なバリトン愛好家であったエステルハージ侯爵ニコラウス1世のために、生涯にわたり数多くのバリトン曲を作曲しました。その数は175曲にも及び、中でも126曲はバリトン、ヴィオラ、チェロという独特な編成による三重奏曲です。これらの楽曲は1766年から1775年にかけて集中的に書かれました。侯爵が使用していたバリトンは、バス・ヴィオラ・ダ・ガンバと同様の調弦（AA, D, G, c, e, a, d）が用いられていたと記録されています。

しかし、18世紀末を迎える頃には、バリトンはその姿を次第に消していきました。その理由として、多数の弦を持つ複雑な構造による演奏の難しさや、多くの弦を正確に保つための調律の困難さが挙げられます。これらの技術的な障壁が、より簡便な弦楽器の普及とともにバリトンの衰退を招いたと考えられています。

現代における復興

一度は廃れてしまったバリトンですが、20世紀後半に起こったクラシック音楽における古楽復興運動の流れの中で、再びその存在が注目されるようになりました。失われた時代の響きを求める音楽家や研究者たちの手によって、古い楽器が復元され、その音楽が現代に蘇っています。

バリトンやヴィオラ・ダ・ガンバの復興に早期から関心を示した人物として、ミュンヘンのクリスティアン・デーベライナーが挙げられます。彼は1934年、著名な弦楽器製作家であるフェルディナント・ヴィルヘルム・ヤウラに、1782年製のジーモン・シェドラーのバリトンを基にした楽器の複製を依頼しました。この復元された楽器を用いた近代初のバリトン演奏会は、1936年にミュンヘンで開催され、ハイドンの三重奏曲が中心的に演奏されました。このヤウラ製作の楽器は現在、オルフェオン財団のコレクションの一部となっており、同財団による演奏会でもしばしば使用されています。その詳細な資料はオルフェオン財団のウェブサイトで公開されています。

現代においても、バリトンを用いた積極的な活動が行われています。2009年には、アイゼンシュタットのエステルハージ宮殿にて、エステルハージ・アンサンブル（バリトン奏者：ミヒャエル・ブリュッシング）が、ハイドンのバリトン作品全曲録音という偉業を成し遂げました。また、現代音楽の分野でもバリトンが用いられることがあり、スイスの作曲家クラウス・フーバーは2004年の作品「À l'âme de marcher sur ses pieds de soie」の中で、バリトンのソロを重要なパートとして書いています。

現在もこの楽器を演奏する音楽家たちが存在し、彼らの活動や録音によって、かつてエステルハージ侯爵を魅了したバリトンの音楽を聴くことが可能となっています。バリトンは、その独特な構造と響き、そしてハイドンとの深い繋がりによって、歴史的な楽器としてだけでなく、現代においても魅力的な存在であり続けています。

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