バルス (レーダー)

バルスレーダー

バルス（ロシア語：Барс、「ヒョウ」の意）は、ロシア（旧ソビエト連邦）で開発された全天候対応のマルチモード機上レーダーシステムです。V・V・チホミーロフ記念機器製作科学研究所によって、Su-27やMiG-29といったマルチロール機向けに開発されました。

N011

「バルス」シリーズの初代にあたるのがN011レーダーです。元々はSu-27のために開発されたXバンドのパルスドップラーレーダーで、直径960mmの機械式平面アレイアンテナを備え、±85度のセクタを走査できました。平均出力は2kW、ピーク出力は8kWに達しました。低ノイズのUHF入力アンプと、再プログラム可能なデジタルコンピュータを用いた完全デジタル信号処理ユニットを搭載していました。

当初は20目標の同時追尾と8目標の同時交戦が要求されていましたが、当時の技術的な制約から、N011は最大13目標を同時に追尾し、そのうち4目標と同時に交戦することが可能でした。その後のアップグレードにより、追尾能力は15目標、交戦能力は6目標へと向上しています。早期警戒時には400km以上の最大探知距離を持ち、一般的な戦闘機サイズの目標に対する迎撃時の探知距離は、正面から約140km、背面から約65kmでした。

空対地モードでは、5種類のモードを装備し、空母サイズの目標を200km以上の距離で探知できました。また、地上マッピング、地形追従、地形回避など4種類の海上モードも搭載されていました。

N011M

N011Mは、「バルス」レーダーの第2世代にあたり、N007「ザスロン」の開発で得られた経験を活かし、電子走査（フェーズドアレイ）方式を導入したレーダーです。アンテナ設計は多チャンネルパッシブ電子走査アレイ（PESA）に変更され、性能が大きく向上しました。N011M「バルス」アンテナは、N007アンテナと同様に、XバンドレーダーとLバンドIFF（敵味方識別装置）トランスポンダー用の2つの独立した電子制御アレイで構成されています。アンテナ全体の重量は約100kg、直径は960mmです。

N011Mはピーク出力4-5kWを誇り、400マイクロ秒でのビーム位置決め能力は、機械式走査レーダーに対する大きな優位性でした。レーダーは固定位置での方位角±70度、仰角±45度のセクター走査が可能ですが、電気機械駆動と組み合わせることで、走査範囲を±90度まで広げることができます。

28MHzのTs200プログラム制御シグナルプロセッサを搭載し、毎秒7500万回の演算能力を持つバタフライフーリエ変換を組み込んでいます。3つのプロセッサによるデジタル信号処理をサポートし、16MBのスタティックメモリとフラッシュメモリを備えています。レーダーシステム全体の重量は約650kgです。

N011Mは、Su-30MKI、Su-30MKA、Su-30MKM、Su-30SMに採用されました。特にSu-30MKI向けには、インドとの協力プロジェクトがあり、当初はインド側がシグナルプロセッサとデータプロセッサを製作する予定でしたが、期日までに達成できなかったため、初期モデル（MK1）以降もロシア製部品が多く使われました。2004年には、i960アーキテクチャをベースにしたインド製レーダーコンピュータが納入されています。

技術的には、N011Mは単なるPESAではなく、送信にはPESA技術を用いながら、受信アンプはAESA（アクティブ電子走査アレイ）と同等の低ノイズレベル（3dB）を持つなど、PESAとAESAの中間的な性格を持っています。3つの受信チャンネルを備えています。

空対空モードでは、最大400kmの捜索範囲と200kmの追尾範囲を持ちます。一般的なMIG-29クラスの目標に対し、正面から140km、追尾時は60kmの距離で検出できます。同時に最大15目標を追尾し、そのうち4目標と同時に交戦できます。様々な近距離・速度サーチモードを備え、複数目標の識別も可能です。R-77やR-27レーダー誘導ミサイル、R-73 IR誘導ミサイルなどに対応しており、照射とデータリンク誘導の両方を行えます。

空対地モードでは、地上・海上の移動目標の検出・位置特定、同時に2つの地上目標の追尾が可能です。戦車群を最大40-50km、駆逐艦サイズの目標を80-120kmで検出できます。また、リアルビーム、ドップラービームシャープニング、合成開口レーダー（SAR）などを用いたマッピングモードを持ち、最大10mの分解能を実現します。Kh-31対レーダーミサイルにも対応しています。

N035 イールビス-E

N035「イールビス-E」（ロシア語で「ユキヒョウ」の意）は、「バルス」ファミリーの中で最も高性能なレーダーです。N011Mの直系の子孫であり、開発コスト削減のためN011Mの多くの部品が流用されています。

N011Mからの主な改良点は、受信チャンネルが3つから4つに増加したこと、そして新しい送信機EGSP-27の搭載です。これにより、ピーク出力はN011Mの4-5kWから20kWへと大幅に向上し、平均出力ピークは5kW、連続波照射は2kWとなりました。新しいデジタルプロセッサー（5010-35.01）とインフォプロセッサー（5010-35.02）の使用により、N035はN011Mの2倍の帯域幅を持ちます。ノイズレベルは3.5dBと報告されています。有効探知距離は、3平方メートルの一般的な空中目標に対し400kmを超え、0.01平方メートルのステルス目標に対しても正面から90km以上を捕捉できます。

N035レーダーは、最大30目標を同時追尾できます。セミアクティブレーダーホーミングミサイルを使用した場合、2目標と同時交戦が可能ですが、アクティブレーダーホーミングミサイルを使用すれば、最大8目標との同時交戦能力を持ちます。

バルス-29

チホミーロフ研究所は、MiG-29向けに小型化・改設計されたN011Mレーダー「バルス-29」も開発しました。MiG-29の機首に搭載可能なサイズでありながら、ソフトウェアやハードウェアの90％をオリジナルの「バルス」と共有しています。5m2のRCSを持つ目標に対しては120kmの探知範囲を持ち、捜索中追尾（TWS）モードでは15目標を同時に追跡し、4目標と同時交戦が可能です。レーダーの平均出力は1kWです。

搭載機

N011: Su-27M, Su-37
N011M: Su-30MKI, Su-30MKA, Su-30MKM, Su-30SM
* バルス-29: MiG-29OVT

これらのレーダーシステムは、ロシアおよびその友好国が運用する主要な戦闘機の能力を支えています。

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