イールビス-E

イールビス-E (Irbis-E)

「イールビス-E」は、ロシア連邦のV・V・チホミーロフ記念機器製作科学研究所（NIIP）によって開発された、航空機搭載型の高性能パッシブ・フェーズドアレイ・レーダー（PESA）システムです。ロシア語で「ユキヒョウ」を意味する「イールビス」（Н035 «И́рбис»）の国内向け基本型を基にした輸出仕様であり、「E」は「輸出型」（экспортный）を意味しています。国内向け「イールビス」はSu-35SやSu-27SM2といった機種に搭載されますが、「イールビス-E」は主に輸出市場向けのSu-35戦闘機への搭載を想定して開発されました。

開発経緯

本レーダーの開発プロジェクトは2004年に始まりました。最初の試作品が完成した後、2007年にはSu-30MK2の試作機（機体番号503）がテストベッドとして使用され、飛行試験が開始されました。特に、初期の機能試験は同年初頭にグロモフ飛行研究所で行われ、空対地モードでの良好な性能が確認されています。この試験プログラムを通じ、従来のN011M「バルス」レーダーと比較して、空対空、空対艦、空対地（グランドマッピング、ドップラーシャープニング、合成開口レーダーなど）の各モードにおいて、特に地表からの反射波（クラッタ）が多い環境下での性能が向上していることが明らかになりました。2007年には最初のSu-35試作機に第2の試作型が搭載され、続く2008年にはSu-35の2号機にも搭載されました。長距離探知能力の実証試験では、2012年に400km離れた目標を検出することに成功しています。量産機の出荷は2014年から本格的に開始されました。また、2016年には中国向けSu-35に搭載するための改良型「イールビス-E」の開発作業が完了しました。

設計と性能

「イールビス-E」は、Su-30MKIなどに搭載されているN011M「バルス」レーダーシステムを大幅に改良した設計思想に基づいています。8GHzから12GHzのXバンド周波数帯を使用し、レーダーアンテナ面には1,772個のヒ化ガリウム（GaAs）製送信受信モジュール（T/Rモジュール）が配置されています。アンテナ面の直径は約90cmです。このアンテナは、アジマス（左右）方向およびロール（機体を軸とした回転）方向に機械的に首振り可能な2段式の油圧駆動台座に据え付けられています。電子的な電波走査範囲は上下左右それぞれ60度ですが、この機械的な首振り機構と組み合わせることで、左右方向に最大各120度という広範囲の走査角を実現しています。

「イールビス-E」は、「バルス」が採用していたハイブリッドフェーズドアレイアンテナの構造を維持しつつ、受信機のチャンネル数を従来の3チャンネルから4チャンネルに増やしています。ただし、雑音指数は3.5デシベルと、わずかに悪化しています。最大の特徴的な改良点としては、新型の電波送信機「アリーヴァ」の搭載が挙げられます。「アリーヴァ」は、容量10kWのEGSP-27チェルノーク2型電源モジュールを2基使用することで、平均出力5kW、最大出力20kW、そして照準時の連続波出力は2kW以上という非常に高い性能を発揮します。NIIPは、この新しい送信機により、「バルス」と比較して周波数アジリティ（周波数を高速に変更する能力）が改善され、レーダーの帯域幅が約2倍に拡大し、敵の電子妨害（ECM）に対する抗電子妨害能力（ECCM）も大幅に向上したと主張しています。

セントラルコンピュータシステムには、高性能なソロ-35.01デジタル・シグナル・プロセッサ（DSP）とソロ-35.02データ・プロセッサが導入されており、これにより同時に複数の目標を処理する能力が飛躍的に強化されています。空対空モードでは、最大30個の目標を同時に追尾し、そのうち8個の目標に対して同時にミサイル誘導を行うことが可能です（ただし、セミアクティブ・レーダー・ホーミング方式のミサイルを使用する場合は2目標まで）。地上目標に対しては、最大4個を同時に追尾し、2個を同時に交戦できます。また、グランドマップ機能を使用しながら、同時に空中の目標2個を探知することも可能です。なお、受信機のハードウェアや主発振器、励振器といった一部の構成要素は、「バルス」と共通の部品が使用されています。

本レーダーは、ステルス機のようなレーダー反射断面積（RCS）が小さい目標を捕捉する能力も有しています。RCSが3m²程度の標準的な航空目標に対しては350kmから400kmの距離で探知が可能であり、RCSが0.01m²程度のステルス目標や巡航ミサイルであっても、90km以上の距離から探知できる性能を備えています。運用寿命は約12年とされており、オーバーホールまでの間隔は1,500時間、平均修理時間は30分以内と、整備性にも配慮されています。

関連事項

Su-35S: 「イールビス」国内型または「イールビス-E」輸出型が搭載される主要な戦闘機。
ベルカ: イールビス-Eで培われた技術を基に開発され、Su-57戦闘機に搭載されるアクティブ・フェーズドアレイ・レーダー（AESA）。

参考文献

エアワールド2011年1月号 (ISSN 0288-5603)

外部リンク

V・V・チホミーロフ記念機器製作科学研究所による紹介ページ（ロシア語）

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