バーナード・デイビス

バーナード・デイビス（Bernard Davis、1916年 1月7日 - 1994年 1月14日）は、20世紀のアメリカ合衆国を代表する微生物学者であり医師です。彼の研究は微生物の生理機能と代謝の理解に多大な進歩をもたらしました。科学界だけでなく、アメリカの科学政策形成にもその影響力を行使しました。

彼はマサチューセッツ州フランクリンで、リトアニアから移民してきたユダヤ系の両親のもとに生まれました。幼い頃から学業に秀でており、高校を卒業する際には首席の成績を収めました。その後、名門ハーバード大学に進学し、生化学を専攻して理学士号を取得。さらにハーバード・メディカルスクールで医学を修め、医師免許を取得しました。

長年にわたり、デイビスはハーバード・メディカルスクールの教授として教鞭を執り、後進の育成にも力を注ぎました。その業績は広く認められ、1989年には微生物学分野における権威あるセルマン・A・ワクスマン微生物学賞を受賞しています。

デイビスの死後、1994年にニューヨーク・タイムズ紙に掲載された死亡記事は、彼の豊富な科学的業績の多くに触れず、1976年に関わったある論争の一部のみに焦点を当てた内容でした。これに対し、彼の元同僚たちはタイムズ紙に抗議の書簡を送付し、その中にはノーベル生理学・医学賞受賞者であるアーサー・コーンバーグも含まれていました。この抗議を受けて、タイムズ紙は改めて彼の科学的貢献に言及した追記記事を掲載しました。この出来事は、デイビスがいかに多くの同僚から尊敬され、その業績が正当に評価されるべきであると認識されていたかを示すものと言えます。

道徳主義的誤謬の提唱

バーナード・デイビスはまた、科学と倫理の境界における重要な概念である「道徳主義的誤謬」（Moralistic Fallacy）という言葉を初めて用いた人物としても知られています。この誤謬は、科学研究によって得られる知識、特に潜在的に「危険な知識」とみなされうるものを、倫理的な観点から制御または制限しようとする際に発生しうる論理的な混同を指します。

道徳主義的誤謬は、デイビッド・ヒュームが指摘した「である」という事実判断から「べきである」という規範判断を導き出してしまう「自然主義的誤謬」の逆のパターンに当たります。自然主義的誤謬が事実から規範を不正に導くのに対し、道徳主義的誤謬は、ある事柄が道徳的に望ましくない「べきではない」という判断から、その事柄が「存在しない」「そうではない」という事実を不正に結論づけてしまう傾向を説明します。

デイビスは、科学理論や知識が「悪用される恐れがある」という懸念から、その理論自体の真偽や価値が不当に否定されることがある状況を問題視しました。このような場合、人々はしばしば、知識が客観的に正しいかどうかの「認識論的な価値」と、その知識を利用することでどのような結果が生じるかという「実利的な価値」とを明確に区別できていません。あるいは、道徳的価値判断から切り離された「価値中立的な知識」と、道徳的価値を考慮してその結論が潜在的にネガティブな意味を持つかもしれない「知識」とを十分に区別せずに扱ってしまいます。

デイビスの立場は、科学理論の正確さは、それがもたらす実利的な結果や、過去にどのように使用されたか、あるいはその由来といった要素ではなく、純粋に科学的な手法による検証を通じてのみ判断されるべきであるというものです。彼は、いかなる知識も悪用から完全に保護されるわけではないと認めつつも、知識の悪用がその知識自体の誤りを証明するものではないと主張しました。さらに、知識そのものを恐れてその探求や公開を放棄することは、知識の不正な利用と同様に、社会にとって不利な結果を招く可能性があると警告しました。

「道徳主義的誤謬」の概念は、科学研究、特に遺伝学や社会生物学など、倫理的・社会的な議論を巻き起こしやすい分野において、科学的事実の評価と倫理的な判断をいかに分離すべきかという議論に重要な視点を提供しました。

例えば、
自然主義的誤謬の例: 「戦争が人間の本性の一部であることが科学的に示されたであるならば、人間は皆戦争に賛成しなければならない。」
道徳主義的誤謬の例: 「戦争は道徳的に誤りであるべきだから、それは人間の本性の一部であるはずがない。」

デイビスのこの概念は、科学的真理の探求と、その知識の利用に対する倫理的責任をどのように両立させるかという、現代科学が直面する根源的な問いに対する示唆を与え続けています。

参考文献

"The Moralistic Fallacy," Bernard Davis, Nature, 1978 Mar 30.
"Faculty of Medicine -- Memorial Minute", December 16, 1998, by Harold Amos, et al. [PMC free article: PMC2142712]

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