パトモス島の聖ヨハネ (ボス)

ヒエロニムス・ボスによる「パトモス島の聖ヨハネ」は、15世紀末頃に制作された油彩画で、初期ネーデルラント絵画の傑作として知られています。元々はスヘルトーヘンボスのシント・ヤンス聖堂の祭壇画の一部を構成していた作品です。ボスは、聖人を前景に単独で配置し、背景に自然の風景を描くという手法をよく用いましたが、本作もその一つです。現在はベルリンの絵画館に所蔵されています。

祭壇画としての役割

この作品は、シント・ヤンス聖堂内の聖母マリア兄弟会の礼拝堂のために制作された祭壇画の一部でした。しかし、17世紀に起こったプロテスタントの宗教的制限によって、祭壇は失われてしまいました。祭壇画は、「パトモス島の聖ヨハネ」の他に、「荒野の洗礼者聖ヨハネ」（マドリードのラサロ・ガルディアーノ美術館所蔵）や、アドリアン・ファン・ウェセルによる木彫群で構成されていたとされています。祭壇画は二重扉の構造を持ち、「荒野の洗礼者聖ヨハネ」と「パトモス島の聖ヨハネ」は、上部の小さな扉絵として配置されていたと考えられています。ただし、それぞれの支持体が異なるため、明確なことはわかっていません。もし二作品が対になっているとすれば、「荒野の洗礼者聖ヨハネ」が「瞑想的な生」を、「パトモス島の聖ヨハネ」が「活動的な生」をそれぞれ表していると解釈できます。

作品の詳細な描写

福音書記者であり使徒でもある聖ヨハネは、ローマ皇帝ドミティアヌスによってエーゲ海の小島パトモス島に追放されました。そこで神の啓示を受け「ヨハネ黙示録」を記したと伝えられています。本作では、青い入り江の都市を背景に、薄赤の長衣をまとった若々しい聖ヨハネが、ノートとペンを持って石の上に座っています。横顔を見せるヨハネは、薄青の天使の導きにより、画面左上部で太陽をまとい月を足元にした「黙示録の女」（聖母子）の幻影を見ています。これは「ヨハネ黙示録」12章1節から6節に記された場面を表現したものです。

ヨハネの足元には、矢立てとインク壺があります。そのそばには、人間の顔を持ち、鉄の胸当てを着け、サソリのような尾を持つ怪物がおり、矢立てとインク壺を狙っています。この怪物は「ヨハネ黙示録」9章9節から10節に登場する怪物を暗示しています。一方、反対側には、福音書記者ヨハネのアトリビュートである鷲がおり、鋭い視線で怪物を制しています。遠景には、川の左側に燃えている船が描かれており、黙示録的な雰囲気を醸し出しています。しかし、これらの幻想的な要素にもかかわらず、ヨハネが瞑想にふける風景は穏やかさを保っています。興味深いことに、この風景はエーゲ海のギリシャの島というよりも、ボスの故郷であるオランダのアルンヘムやナイメーヘン周辺のライン川下流の低地を想起させます。

裏面のグリザイユ画

本作の裏側には、グリザイユ（灰色単色画）で二重の同心円が描かれています。内側の円には、イエス・キリストを象徴するペリカンが描かれており、高い岩はゴルゴタの丘を象徴しています。ペリカンは、自分の心臓の血で雛を育てるとされ、受難者キリストの象徴として伝統的に用いられてきました。このペリカンは、キリストに愛された聖ヨハネがダンテの「神曲」天国編で描かれているように、ペリカンの胸に頭を載せて眠ったという伝承と関連しており、表面の絵と調和しています。

外側の円には、キリストの受難場面が右から時計回りに描かれています。具体的には、「ユダの接吻とキリストの捕縛」、「ピラトの前のキリスト」、「むち打ち」、「荊冠のキリスト」、「十字架を担うキリスト」、そして「磔刑」と「埋葬」までが描かれています。これらの受難の場面は、キリストの犠牲と救済の物語を想起させ、作品全体に深い宗教的意味を与えています。

まとめ

ヒエロニムス・ボスの「パトモス島の聖ヨハネ」は、聖ヨハネの黙示録的な啓示とキリストの受難という、二つの重要なテーマを象徴的に表現した作品です。その独特な幻想的な描写と、深い宗教的意味は、観る者に深い印象を与えます。ベルリン絵画館で、この傑作をぜひ鑑賞してみてください。

参考資料

小池寿子『謎解き　ヒエロニムス・ボス』、新潮社、2015年刊行
岡部紘三『図説　ヒエロニムス・ボス　世紀末の奇想の画家』、河出書房新社、2014年刊行
有川治男・重延浩・高草茂編集『NHK ベルリン美術館1 ヨーロッパ美術の精華』、角川書店、1993年刊行
ヴァルター・ボージング『ヒエロニムス・ボス　天国と地獄の間で』、TASCHEN、2007年刊行
* ベルリン絵画館公式サイト

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