パラチオン

パラチオン：危険な殺虫剤とその歴史

パラチオンは、かつて広く使用された有機リン系の殺虫剤・ダニ駆除剤です。ジエチルパラチオンやホリドールという名称でも知られており、特に日本では、イネや果樹の害虫駆除に効果を発揮しました。植物への浸透性が高く、植物体内での分解も速いため、残留性が低い点が特徴でした。しかし、その強力な毒性ゆえ、現在では多くの国でその使用が禁止されています。

高い毒性と規制

パラチオンは、ヒトや動物、環境への毒性が極めて高いことが知られています。0.05～0.1％の濃度の溶液でさえ危険であり、多くの食用作物への使用は禁止されています。変異原性、催奇性、発癌性も確認されており、深刻な健康被害や生態系への影響が懸念されています。そのため、日本を含む18か国以上で、2005年時点で使用が禁止され、日本では毒物及び劇物取締法により特定毒物に指定、厳しく規制されています。民生での使用は事実上不可能で、研究目的での取り扱いにも官公庁の許可が必要です。

物性と毒性メカニズム

純粋なパラチオンは白色結晶ですが、通常は茶褐色の液体として流通します。アセトン、アルコール、エーテルには溶けますが、水や石油への溶解度は低いです。ヒトの致死量（LD50）は10mg/kg程度と、非常に危険です。

パラチオンは、コリンエステラーゼ阻害剤として作用します。この酵素は神経伝達物質であるアセチルコリンの分解に関与しており、パラチオンによって阻害されると、神経系が過剰興奮状態となり、様々な症状を引き起こします。パラチオン自身よりも、代謝産物であるパラオキソンの方が毒性が強いとされています。

中毒症状と治療

パラチオンの中毒症状は、頭痛、痙攣、視覚異常、嘔吐、下痢、意識喪失、呼吸困難、肺浮腫など多岐に渡ります。症状は長期間続く場合もあり、後遺症として麻痺などの神経障害が残ることもあります。

治療には、アトロピンとプラリドキシムヨウ化メチル（PAM）が用いられます。アトロピンはアセチルコリンの作用を拮抗する薬剤、PAMはコリンエステラーゼを活性化する薬剤です。これらの薬剤を用いた治療と同時に、胃洗浄、人工呼吸、輸液などの処置が必要となります。早期に適切な治療を受ければ、致死率は高くないものの、呼吸不全による低酸素脳症で脳に恒久的な損傷を受ける可能性があります。

歴史と社会問題

パラチオンは1944年にドイツで開発されました。第二次世界大戦後、西側諸国で広く使用されるようになり、商品名も多数存在しました。西ドイツでは、殺虫剤として開発されたパラチオン（E605）が殺人や自殺に用いられた事件が社会問題となり、使用の規制強化を招きました。

安全な取り扱いと代替薬剤

パラチオンを取り扱う際には、保護手袋、防護服、有機ガス用フィルター付きマスクの着用が必須です。作業後は速やかに体を洗浄し、作業環境の換気にも注意が必要です。また、パラチオンの作用は累積性があるため、作業者の血清アセチルコリンエステラーゼ活性を定期的に測定する必要があります。

パラチオンの毒性の高さから、カルバメート系、ピレスロイド系など、より安全性の高い代替薬剤が開発され、現在ではそれらに移行しつつあります。しかし、発展途上国では、依然としてパラチオンが使用されているケースも多く、中毒被害の発生が問題となっています。WHOをはじめとする国際機関は、パラチオンの世界的な使用禁止を求めています。日本では、1971年に一般使用が禁止されましたが、研究など特殊な用途では許可を得て使用できる場合があります。

まとめ

パラチオンは、高い殺虫効果を持つ一方、極めて高い毒性を有する危険な物質です。その危険性から、多くの国で使用が禁止され、厳しく規制されています。安全な代替薬剤が開発されている現在、パラチオンの使用は極力避けるべきです。

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