パレスチナ人の帰還権

パレスチナ人の帰還権（アラビア語: حق العودة الفلسطيني; al-ʻAwdah）とは、1948年のナクバ（大厄災）や1967年の第三次中東戦争によって故郷を追われたパレスチナ人難民とその子孫が、かつて居住していた土地（現在のイスラエルおよびパレスチナ自治区）に戻ることを求める権利、そしてこの権利を認める政治原則を指します。

この権利は、1948年12月11日に国際連合総会決議194によって初めて国際的に認識されました。さらに1974年には、国連総会決議3236によって「パレスチナ人民の譲ることのできない権利」として改めて確認されています。しかし、イスラエル政府はパレスチナ難民のイスラエルへの帰還を権利として認めることを拒否しており、難民問題は関係国間の政治的な解決を通じて図られるべきだと主張しています。パレスチナ人の帰還への強い願いは、「パレスチナの鍵」や、抑圧に耐えながら帰郷を待つ少年を描いたとされるキャラクター「ハンダラ」といったシンボルにも象徴されています。

難民の発生と現状

1948年のイスラエル建国に伴うナクバでは、推計70万〜80万人のパレスチナ人が難民となりました。続いて1967年の第三次中東戦争では、さらに28万〜35万人が難民化し、その約半数は1948年にも故郷を追われた人々でした。2012年時点では、1948年の難民第一世代はごく少数となりましたが、その直接の子孫は約500万人に達するとされています。現在もなお、多くのパレスチナ難民が無国籍状態のまま、ヨルダン、レバノン、シリア、エジプトといった近隣諸国や、パレスチナ自治区内の難民キャンプで困難な生活を強いられています。特にヨルダン以外の多くの国では、難民に完全な市民権が付与されておらず、社会的・経済的な制約の原因となっています。

歴史的経緯

パレスチナ難民問題の端緒は、1948年のナクバにあります。これは、イスラエル建国前後におけるユダヤ系武装組織やイスラエル軍による、パレスチナ人に対する暴力、追放、土地・財産の剥奪などを伴う出来事であり、一部からは民族浄化と見なされています。国連は当時、難民の数を71万1000人と推計しました。

1947年末のパレスチナ分割決議後、情勢悪化を恐れた約10万人が初期に避難しましたが、多くは帰還を想定していました。しかし、1948年4月から7月にかけて、ユダヤ系組織の攻勢により、ハイファやヤッファなどの都市を含む約25万〜30万人が難民となりました。停戦後もイスラエル軍による掃討作戦や追放が続き、リッダやラムラの住民約5万人を含む、さらに約10万人が難民となりました。同年10月から11月にかけても軍事作戦により20万〜22万人が難民となり、追放や虐殺も報告されています。停戦後も1948年から1950年にかけて約3万〜4万人が国境地域から追放されました。

不在者財産の問題

パレスチナ人が避難する中、イスラエル指導部は彼らの帰還を認めない方針を決定しました。避難民の家屋や財産は新たに制定された「不在者資産法」に基づきイスラエル政府に接収され、多くの村落は破壊されました。この資産接収は、ホロコースト犠牲者への財産返還の原則と対比され、パレスチナ人にも同様の補償原則が適用されるべきだとの議論があります。

国際社会の認識

帰還権が初めて国際的に認識されたのは、1948年12月11日の国連総会決議194です。この決議第11条では、難民が「できる限りすみやかに」故郷に戻ることを許可され、帰還を希望しない者は「その財産に対する補償を受けるべき」と勧告しています。1974年11月22日の国連総会決議3236では、帰還権を「譲ることのできない権利」と改めて強調しました。帰還権を支持する側は、これを国際法および国際人権法の下で保障された権利であると主張し、世界人権宣言第13条やジュネーヴ条約などを根拠に挙げます。また、パレスチナ難民の多くはユダヤ系武装組織やイスラエル軍による強制的な追放の犠牲者であり、国際法上帰還が認められるべきだと訴えます。イスラエルの「新歴史家」による研究なども、パレスチナ人の退去にイスラエル側の行動が大きく影響したことを示唆しています。

イスラエルの反対姿勢と反論

一方、イスラエル政府は一貫して帰還権を権利として認めることを拒否しています。反対派は、国際法に難民やその子孫の帰還を要求する正式なメカニズムは存在しないこと、国連決議194は法的拘束力を持たず、帰還を「許可されるべき」としたもので「権利」ではないことなどを根拠とします。さらに、もし多数のパレスチナ難民が帰還すれば、ユダヤ人がイスラエル国内で少数派となり、「ユダヤ人の単一民族国家」としてのイスラエルの性格が失われると主張しています。1948年の難民発生は、侵攻したアラブ軍が民間人に退避を命じたことによるもので、イスラエルに責任はないとの主張や、パレスチナ難民問題とアラブ諸国から追われたユダヤ人（ミズラヒーム）のイスラエルへの移住を比較する見解もあります。

和平交渉への影響と過去の試み

パレスチナ人の帰還権は、イスラエルとパレスチナ間の和平交渉における最も大きな障害の一つとなっています。パレスチナ側の全ての政治勢力は帰還権を強く支持しており、特にパレスチナ自治政府はこれを譲れない権利と見なしています。一方、イスラエル側は、多くのユダヤ人が文字通りの帰還権の承認に強く反対しています。過去の和平交渉では、イスラエル側は限定的な難民の受け入れ（例: 1949年の10万人提案、2000年のキャンプ・デービッドでの提案）、離散家族の再統合、補償などを提案してきましたが、パレスチナ側が帰還権の放棄を拒否したことなどにより、合意には至っていません。オスロ合意でも最終地位交渉で解決が先送りにされ、その後のプロセス崩壊により進展はありませんでした。帰還権問題を解決するための歴史的な試みはこれまで何度もなされてきましたが、大きな成果は得られていません。難民キャンプでの自立支援プログラムなども、帰還権の放棄と見なされ、難民側からの抵抗を受けることが多かったと報告されています。この複雑な問題は、現在も解決の見通しが立たないまま、両者間の溝を深める要因となっています。

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