パンジシール攻勢 (アフガニスタン紛争)

パンジシール攻勢：ソ連軍とムジャーヒディーンの激戦

1980年から1985年にかけて、アフガニスタン紛争において最も激しい戦闘の一つが、パンジシール渓谷を舞台に繰り広げられました。ソ連軍は、この戦略的に重要な渓谷を制圧するために、アフマド・シャー・マスード率いるムジャーヒディーンに対して、9回にわたる大規模な攻勢を仕掛けました。しかし、ソ連軍の組織的な攻撃にもかかわらず、ムジャーヒディーンは渓谷から完全に排除されることはなく、両軍の間で一進一退の攻防が続きました。

パンジシール渓谷の戦略的価値

パンジシール渓谷は、首都カブールの北約70kmに位置し、ヒンドゥークシュ山脈のサラン峠近くにあります。この峠は、カブールとアフガニスタン北部を結ぶ重要な交通路であり、当時ソ連の一部であったウズベキスタンへも繋がっていました。1979年6月、マスード率いる反政府勢力が政府軍を追い出し、渓谷はゲリラの拠点となりました。ムジャーヒディーンは、パンジシールからソ連軍の輸送隊を頻繁に待ち伏せし、兵站システムに大きな圧力をかけました。サラン峠は危険地帯となり、ソ連軍のトラック運転手は峠を無事に通過することで勲章を授与されるほどでした。

ソ連軍の戦略と戦術

ソ連軍のパンジシール攻勢は、主に3つの戦術的特徴がありました。まず、標的地域への大規模な空爆で敵を制圧し、次に、ヘリコプター部隊を投入して敵の退路を断ち、想定外の方向から攻撃を仕掛けます。そして、最後にヘリコプター部隊と連携した機械化部隊がゲリラ支援地域に進攻するというものでした。これらの戦術は、民間人に大きな被害をもたらし、ソ連軍は農作物や家畜を破壊することで、マスードが戦闘員を維持するための資源を奪おうとしました。この結果、パンジシール渓谷からの大規模な民間人移住が発生しました。ソ連軍の戦術は、1983年1月にマスードが1年間の停戦条約に署名することを余儀なくさせるなど、一定の成果を上げましたが、これらの勝利は永続的なものではありませんでした。ムジャーヒディーンは、アフガン政府軍内にいる協力者からソ連軍の攻勢を事前に察知することが多く、爆撃地帯を避けて安全に移動したり、待ち伏せや地雷の設置を計画したりすることができました。また、ソ連軍が到着すると、ゲリラは渓谷の脇に後退して小規模な待ち伏せを行うなど、柔軟な戦術を用いて対抗しました。

攻勢の時系列

第1～3次攻勢（1980年）

ソ連軍は1980年4月に最初の攻勢を開始しました。この作戦には、ソ連軍の3個大隊とアフガン軍および治安部隊の1000人が参加しました。ソ連軍は渓谷を進み、戦闘の末にバザラクを占領しましたが、ムジャーヒディーンはソ連軍を渓谷に引き込み、撤退時に待ち伏せ攻撃を仕掛けました。その後もソ連軍は攻勢を続けましたが、ムジャーヒディーンの抵抗は激しく、ロハの町にあるアフガン軍守備隊は包囲されるなど、一進一退の状況が続きました。1980年12月、ソ連軍はロハの守備隊を避難させましたが、渓谷の大部分は依然としてムジャーヒディーンの支配下にありました。

第4次攻勢（1981年）

1981年9月、ソ連軍は第4次攻勢を開始しました。この時までに、マスードはソ連の攻撃に抵抗できるだけの人数を集めていました。ソ連軍は地雷による損失を避けるために工兵部隊を先行させましたが、この戦術は犠牲が大きく、ソ連軍は渓谷に25kmしか進軍できませんでした。

第5次攻勢（1982年）

1982年5月、ソ連軍は12,000人の兵力と多数の戦車、大砲、ヘリコプターを投入して、第5次攻勢を開始しました。マスードは3,000人の部隊を編成し、渓谷の入り口を強化して迎え撃ちました。ソ連軍は空挺部隊を投入してムジャーヒディーンの背後を突こうとしましたが、一部の地域では激戦となり、損害を被りました。ソ連軍はルハ、バザラク、アナバに主要基地を設置しましたが、ムジャーヒディーンの大部分は逃れ、渓谷の全域でソ連軍と戦い続けました。この攻勢でソ連軍はマスードの組織に関する情報を入手しましたが、決定的な勝利には至りませんでした。

第6次攻勢（1982年）

第6次攻勢では、ソ連軍はパンジシールの基地から掃討作戦を展開し、ムジャーヒディーンのアジトを破壊しようとしました。激しい空爆も行われましたが、ムジャーヒディーンの消耗は少なく、多くの民間人が被害を受けました。ソ連軍はムジャーヒディーンの殲滅に失敗し、戦闘は膠着状態に陥りました。その後、ソ連軍が占領した地域は、アフガン軍部隊に引き渡されましたが、アフガン軍はマスードの反撃の標的となり、政府軍の前哨基地が次々と陥落しました。これにより、ソ連はマスードとの停戦交渉の必要性を認識しました。

停戦と再編成（1983年）

1983年1月、ソ連とムジャーヒディーンの間で初めて停戦が締結され、6ヶ月間継続されました。マスードはこの停戦を利用して、勢力拡大を進め、自軍の防御を強化しました。この停戦は、ソ連軍がパンジシールから撤退し、ムジャーヒディーンがその進入を管理することで合意しました。

第7次攻勢（1984年）

1984年、ソ連はパンジシール渓谷の基地を破壊するために、大規模な第7次攻勢を開始しました。しかし、マスードは事前に情報を入手しており、民間人を避難させ、ソ連軍の進軍を遅らせるための準備を行っていました。ソ連軍は大規模な空爆とヘリボーン作戦を展開しましたが、マスードの軍隊は巧妙な待ち伏せ攻撃を行い、大きな損害を与えました。ソ連軍は渓谷の大部分を占領しましたが、ムジャーヒディーンはゲリラ戦を続け、最終的にソ連軍は再びパンジシール渓谷から撤退しました。

第8・9次攻勢（1984年～1985年）

第8次攻勢は第7次攻勢に続くもので、主に空挺部隊が投入されました。第9次攻撃は、アフガン軍守備隊の破壊に対する報復として行われました。この攻撃で、ムジャーヒディーンは多数の捕虜を捕らえ、その後、両軍の間で捕虜の処遇を巡って非難合戦が繰り広げられました。

余波

1986年、ソ連はアフガニスタンからの撤退を発表しました。その後、ソ連軍はパンジシール方面での損失を避けることを優先し、ムジャーヒディーンもソ連軍基地への攻撃を控えるという暗黙の停戦が守られました。1988年6月、パンジシール下部にいた最後のソ連軍とアフガン軍が撤退しました。パンジシール攻勢は、ソ連軍がアフガニスタンで直面した困難を象徴する出来事であり、ムジャーヒディーンの抵抗と粘り強さを際立たせるものでした。

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