ヒッピアス (大)

プラトンの初期対話篇『ヒッピアス (大)』：美の探求とアポリア

『ヒッピアス (大)』は、プラトン初期の代表的な対話篇の一つであり、「美について」を副題に持ちます。アテナイを訪問したソフィストのヒッピアスと、ソクラテスとの間で繰り広げられる「美」についての問答劇が中心となっています。紀元前427年頃のアテナイを舞台に、ソクラテスがヒッピアスの才能を称賛する場面から物語は始まります。

登場人物と背景

主な登場人物は、42歳頃のソクラテスと、エーリス出身のソフィスト、ヒッピアス（40代半ば）です。ヒッピアスはスパルタで好評を博した講演をアテナイでも行う予定で、その内容が「青年が業とすべき美しい仕事」に関するものだったことが、今回の問答のきっかけとなります。

ソクラテスは、架空の対話者を用いてヒッピアスの考えを論駁し、議論を進めていきます。この手法は、プラトンの初期対話篇によく見られるエイロネイア（イロニー）の一種であり、ソクラテスの知的な優位性を際立たせる効果があります。

問答の内容と展開

議論の中心は「美とは何か」という問いです。ヒッピアスはまず「美しい乙女」を例として挙げますが、ソクラテスは「美しい牝馬」「美しい竪琴」なども美であると指摘し、ヒッピアスの定義の曖昧さを露呈させます。その後も「黄金」「裕福で健康であること」など様々な定義が提示されますが、ソクラテスは綿密な反論によって、それぞれの定義の不完全性を明らかにします。

議論は「美を美たらしめるもの」という本質的な問いへと進んでいきますが、ソクラテスとヒッピアスは「有用なもの」「聴覚・視覚を通じての快」といった定義を試みながらも、最終的には結論に達することができません。ヒッピアスは、こうした細かな議論に飽き足らず、弁論術の習得を勧める場面も特徴的です。

アポリアとソフィスト批判

『ヒッピアス (大)』は、結論が出ないまま問答が終結するアポリア（行き詰まり）という形式をとっています。これは、プラトンの初期対話篇に多く見られる特徴です。このアポリアは、単なる議論の失敗ではなく、「美」という概念の複雑さ、捉え難さを示唆しているとも解釈できます。

同時に、この対話篇はソフィスト批判の一側面も反映していると考えられます。ヒッピアスは、金銭を得るために弁論術を駆使するソフィストの典型として描かれ、ソクラテスとの問答を通してその限界が露呈します。ソクラテスは、真実の探求を重視する哲学者として、ソフィストとは対照的な存在として描かれています。

『ヒッピアス (小)』との比較

『ヒッピアス (大)』には、同じヒッピアスを題材とした『ヒッピアス (小)』が存在します。『ヒッピアス (大)』は『ヒッピアス (小)』よりもはるかに分量が多く、その内容の深さにおいても大きな違いが見られます。

結論

『ヒッピアス (大)』は、「美」という概念を巡るソクラテスの執拗な探求と、その行き詰まりを通して、知の探求の難しさ、そしてソフィストと哲学者との対比を鮮やかに描き出した作品です。アポリアという形式を通して、プラトンは読者に「美」という概念の本質について深く考えさせることを意図していると言えるでしょう。この作品は、プラトンの哲学的思考の初期段階を示す重要な作品であり、後の彼の哲学体系を理解する上で重要な手がかりを与えてくれます。

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