ヒトコロナウイルスHKU1

ヒトコロナウイルスHKU1（HCoV-HKU1）

ヒトコロナウイルスHKU1（Human coronavirus HKU1, 略称: HCoV-HKU1）は、ヒトに感染するコロナウイルスのうちの一つです。このウイルスは、ニドウイルス目、コロナウイルス科に属し、さらに詳細な分類としては、ベータコロナウイルス属のエンベコウイルス亜属に位置づけられる、遺伝物質としてRNAを持つウイルスです。

ウイルスの特徴

HCoV-HKU1のウイルス粒子は、脂質でできた「エンベロープ」と呼ばれる膜状の構造に覆われています。このエンベロープの内部には、ウイルスのゲノムである一本鎖プラス鎖RNAが収められています。一本鎖プラス鎖RNAは、感染した宿主細胞の中で直接、ウイルスの増殖に必要なタンパク質を合成するための鋳型として機能することができるという特徴を持っています。

ウイルスがヒトの細胞に感染する際には、その表面にあるスパイクタンパク質などが宿主細胞の特定の分子を認識し、結合することで細胞内へ侵入します。HCoV-HKU1の場合、細胞表面に存在する「N-アセチル-9-O-アセチルノイラミン酸」という糖鎖分子を受容体として認識し、これに結合することが感染の第一段階となります。

また、HCoV-HKU1は、ベータコロナウイルス属の中でも、他のいくつかのウイルス（例えば、ヒトコロナウイルスOC43や牛コロナウイルスなど）と同様に、「ヘマグルチニンエステラーゼ（HE）」という糖タンパク質をエンベロープ表面に持っていることが特徴の一つです。このHEタンパク質は、ウイルスの細胞への付着や、感染した細胞からのウイルス粒子の放出といった過程に関与すると考えられています。

感染と症状

HCoV-HKU1がヒトに感染した場合に引き起こされる症状は、他の季節性のヒトコロナウイルス（HCoV-OC43, HCoV-229E, HCoV-NL63など）によるものと類似しており、多くは比較的軽症で済みます。

典型的な症状としては、鼻水、鼻づまり、咳、のどの痛み、発熱といった、いわゆる一般的な「風邪」の症状が挙げられます。しかし、特に免疫機能が低下している人、高齢者、あるいは乳幼児などにおいては、感染が下気道（肺や気管支）に広がり、より重い呼吸器疾患、具体的には肺炎や気管支炎を発症する可能性があります。

これらの症状は、他の多くの呼吸器系ウイルス感染症と区別することが難しいため、HCoV-HKU1による感染症は、臨床的には「急性呼吸器感染症」や「風邪症候群」などと診断されることが一般的です。

発見と分布

HCoV-HKU1の存在が初めて確認されたのは、比較的最近のことです。2005年1月、香港の医療機関において、重度の呼吸器疾患を呈していた2名の患者さんから、これまで知られていなかった新しいコロナウイルスが分離・同定されました。これがHCoV-HKU1と名付けられました。

発見当初は新しい病原体として注目されましたが、その後の研究によって、このウイルスは特定の地域に限定されるものではなく、すでに世界中に広く分布していることが明らかになりました。また、過去に採取された呼吸器検体などを遡って解析した結果、HCoV-HKU1による感染は、2005年の発見以前からヒト集団内で発生していたことが示唆されています。

現在では、他の季節性ヒトコロナウイルスと同様に、HCoV-HKU1は世界中のヒトの間で年間を通じて、あるいは特定の季節に流行を繰り返しながら循環している、一般的な呼吸器感染症の原因ウイルスの一つとして認識されています。特に冬期に検出される頻度が高いとする報告も見られます。

関連ウイルス

HCoV-HKU1は、ゲノム配列の解析などから、コウモリに存在するコロナウイルスと遺伝的に近い関係にあることが示唆されています。関連が指摘されるコウモリ由来のコロナウイルスとしては、タケコウモリコロナウイルスHKU4（Tylonycteris bat coronavirus HKU4）や、ルーセットコウモリコロナウイルスHKU9（Rousettus bat coronavirus HKU9）などが挙げられます。これらの動物ウイルスとの関連は、コロナウイルスが動物からヒトへと感染を広げる「人獣共通感染症」としての性質を理解する上で重要な情報となります。

参照項目：
タケコウモリコロナウイルスHKU4
ルーセットコウモリコロナウイルスHKU9

出典：
* [参考文献情報を記述]

もう一度検索