ヒメツバキ

ヒメツバキ（イジュ）について

ヒメツバキ（学名: Schima wallichii）は、ツバキ科に属する常緑性の高木です。日本では小笠原諸島と琉球列島に分布しており、それぞれヒメツバキ、イジュとして知られています。初夏に白い花を咲かせ、その美しい姿は人々の目を楽しませます。パイオニア植物としての性質を持ち、二次林などでもよく見られます。

ただし、分類に関しては様々な見解があり、研究者の間でも意見が分かれています。ここでは、ヒメツバキとイジュの両方をまとめて解説します。

特徴

ヒメツバキは、成長すると10mを超える高木となりますが、低木状に生育することもあります。若枝には白い絹毛が密生していますが、成長とともに無毛になります。葉は互生し、特に成木では枝先に集まって束生する傾向があります。

葉の形は変化に富み、披針形から楕円状披針形、卵形から倒卵形など、多様な形状が見られます。大きさは長さ8-13cm、幅2.2-3.7cm程度で、先端は尖り、基部は葉柄に流れるように狭くなります。葉の縁には鋸歯がある場合と、ない場合があります。葉の表面はつやのある緑色で、裏面は白っぽい粉を帯びており、両面ともに無毛です。

花期は3月から5月頃で、枝先から多数の花茎が出て、その先に花をつけます。花は径約5cmで、白い花弁が5-6枚、大きく開きます。多数の雄しべが花弁の基部に合着しています。

果実は偏球形で、熟すと5つに裂けて種子を放出します。種子は扁平で翼があり、風によって散布されます。

沖縄のイジュと小笠原のヒメツバキの差異

葉の形では、イジュには鋸歯があることが多いですが、ヒメツバキでは鋸歯がほとんどなく、成木の葉は全縁です。また、ヒメツバキの方が葉の質が厚手です。さらに、ヒメツバキは花柄上部から萼の外面にかけて絹毛が密生しているという特徴があります。

分布

日本では、小笠原諸島（硫黄諸島を除く）と、奄美大島以南の琉球列島に分布しています。国外では、東南アジアや東部ヒマラヤにも分布しています。

ただし、分類上の混乱から、これらの分布域についても様々な解釈があります。

生育環境と生態

ヒメツバキはパイオニア植物であり、日当たりの良い環境を好みます。芽生えは日向で育ち、半日陰でも生育できますが、成長すると林間に出て、日光を浴びて生育します。花や種子の数も多く、種子は風で遠くまで運ばれるため、分布を広げやすい性質を持ちます。沖縄本島では、リュウキュウマツ林などでよく見られます。

分類上の見解

ヒメツバキ属は、東部ヒマラヤからマレーシア西部、東アジア南部の熱帯・亜熱帯域に約10種が知られています。日本では、小笠原と琉球列島に分布するものが特に注目され、この2つのグループをどう分類するかについて様々な意見があります。

初島(1971): 沖縄のイジュを、ヒメツバキとは別種の亜種 S. wallichii ssp. liukiuensis とし、琉球列島の固有亜種としました。
北村・村田(1979): 両者を同一種 S. wallichii の別亜種とし、イジュを ssp. noronhae 、ヒメツバキを ssp. mertesiana としました。この分類では、イジュは東南アジアまで分布し、ヒメツバキは小笠原のみに分布するとされています。
佐竹他(1999): 種子の散布方法から、比較的近年に分布域を広げたと推定し、地理的な変異は種を区別するほどではないとして、両者を同一種 S. wallichii としました。
堀田: この属の10種全てを同一種とする説を紹介しています。その説では、日本の琉球・小笠原のものは S. wallichii ssp. wallichii となり、東南アジアのものは S. wallichii ssp. noronbae となるとします。ただし、地理的、生態的に区別できるものがあるとし、疑問も呈しています。
YList: 両者を別種とし、イジュを S. superba var. kankaoensis、ヒメツバキを S. walichii ssp. mertensiana としています。

このように、分類は研究者によって見解が異なり、まだ確定していません。葉の形状や毛の有無など、わずかな違いが分類を難しくしている要因の一つです。

利用

ヒメツバキは、庭園や公園にも植えられ、観賞用としても利用されています。木材は、イヌマキやモッコクには劣るものの、イタジイよりは良質で、様々な用途に利用されます。また、樹皮の粉末はかつて魚毒として使われていました。

沖縄では、木の灰から作った灰汁を沖縄そばの製造に使用します。さらに、造林用の樹木としての利用も研究されています。

その他

ヒメツバキは、日本のツバキ科の中では葉が大きくて柔らかく、一見すると特徴を掴みにくいかもしれません。特に花のない時期や、若枝の時期には同定に迷うことがあります。

参考資料

佐竹義輔他編著、『日本の野生植物　木本 I』（新装版）、(1999)、平凡社
初島住彦『琉球植物誌（追加・訂正版）』,(1975),沖縄生物教育研究会
堀田満、「ヒサカキサザンカ」：『朝日百科 植物の世界 7』、(1997)、朝日新聞社:p.151-152.
北村四郎・村田源、『原色日本植物図鑑 木本編〔II〕』、(1989)、保育社
沖縄生物教育研究会編著、『フィールドガイド 沖縄の生きものたち』、(2004)、新星出版
* 天野鉄夫、『琉球列島有用樹木誌』、(1982)、琉球列島有用樹木誌刊行会

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