ビリー・エクスタイン

ビリー・エクスタイン（Billy Eckstine、1914年 7月8日 - 1993年 3月8日）は、アメリカ合衆国の著名なジャズおよびポップ・シンガー、そしてバンドリーダーでした。オペラ歌手に例えられる豊かなバリトンボイスと洗練された歌唱スタイルで広く知られ、アール・コールマンやジョニー・ハートマン、ジョー・ウィリアムス、ルー・ロウルズといった数多くの後進歌手に大きな影響を与えました。彼の代表的な録音の一つである「I Apologize」（1948年）は、後にグラミー殿堂入りを果たしています。ニューヨーク・タイムズ紙は彼を「影響力の大きいバンドリーダー」と評し、その「洗練されたバス・バリトン」と「ポピュラーソングへの喉を使った甘いアプローチ」が後世に多大なインスピレーションを与えたと指摘しました。

生涯とキャリア

ペンシルベニア州ピッツバーグで生まれたエクスタインは、父が運転手、母が仕立て屋の針子という家庭に育ちました。ピッツバーグの高校を卒業後、ワシントンD.C.に移り、ハワード大学に進学します。しかし、アマチュアのタレントコンテストでの優勝が転機となり、彼は大学を中退してプロの音楽家を目指すことを決意します。ピッツバーグの彼の生家には、現在、ペンシルベニア州の歴史標が設置され、その功績を記念しています。

キャリアの初期、エクスタインはシカゴへ渡り、1939年から1943年までアール・ハインズ率いるグランド・テラス・オーケストラでヴォーカリスト兼トランペット奏者として活躍しました。この時期に、ハインズ楽団のヒット曲「Stomy Monday Blues」や自身の歌唱による「Jelly Jelly」といった楽曲で、彼はその名をジャズ界に確立しました。

1944年、エクスタインは自身のビッグバンドを結成します。この楽団は、まさにジャズの未来を担う冒険心に満ちた若い才能たちの育成所となりました。ディジー・ガレスピー、マイルス・デイヴィス、チャーリー・パーカー、アート・ブレイキー、サラ・ヴォーンなど、後にジャズ界の巨匠となるミュージシャンたちが多数在籍しました。アレンジャーにはタッド・ダメロンらが参加。ビリー・エクスタイン・オーケストラはしばしば「最初のボップ・ビッグバンド」と称され、「A Cottage for Sale」「Prisoner of Love」といった楽曲をヒットさせ、これらはアメリカレコード協会からゴールドディスクに認定されました。ディジー・ガレスピーは自身の自伝の中で、エクスタインのバンドを「強力なアタックと新しいスタイルのビバップを演奏した稀有な存在」と讃えています。

1947年にバンドを解散し、エクスタインはソロ歌手としてのキャリアに集中します。実は、バンド時代から楽団の運営資金を稼ぐためにソロ録音は行っており、1945年の「Cottage for Sale」「Prisoner of Love」のリバイバルがミリオンセラーとなるなど、ソロでの成功はすでに始まっていました。MGMレコードと新たに契約した彼は、1940年代後半に「Everything I Have Is Yours」（1947年）、「ブルームーン」（1948年）、「キャラバン」（1949年）など12曲以上のヒットを記録し、商業的な頂点を迎えます。

しかし、1950年、『ライフ』誌に掲載されたエクスタインの特集記事に添えられた一枚の写真が、当時のアメリカ社会における人種的な壁に触れ、大きな論争を巻き起こしました。写真家のマーサ・ホルムズが撮影したその写真は、白人女性ファンに囲まれ、親密な様子で交流するエクスタインの姿を捉えたものでした。ホルムズはこの写真を「世界がこうあるべき姿」だと述べるほど気に入っていましたが、当時の社会では人種間の親密な交流がタブー視されかねないものでした。『ライフ』誌編集部も論争を予期しつつ発行しましたが、やはり抗議の声が多く上がりました。この出来事はエクスタインのキャリアに影を落としたと言われ、歌手のトニー・ベネットは「全てが変わった」、ピアニストのビリー・テイラーは「彼の前のドアがピシャっと閉められてしまった」とその影響について語っています。

論争の影響を受けつつも、エクスタインは音楽活動を続けました。1950年代にはサラ・ヴォーンとのデュエット「Passing Strangers」が英国でヒット。1960年代以降もマーキュリー、ルーレット、モータウン、スタックスなど様々なレコードレーベルからアルバムを発表し、ライブ活動も精力的に行いました。1986年にはベニー・カーターとの共演アルバム「Billy Eckstine Sings with Benny Carter」がグラミー賞にノミネートされるなど、晩年まで質の高い音楽を提供し続けました。

私生活では、生涯に二度結婚し、後妻キャロル・ドレイクとの間に4人の子どもをもうけ、さらに2人の連れ子を育てました。彼の子供たちの中には、音楽業界で活躍したエド・エクスタインやガイ・エクスタイン、歌手のジーナ・エクスタイン、俳優のロニー・エクスタインがいます。

1992年4月、公演中に脳卒中を患い、演奏活動から引退せざるを得なくなりました。療養中に心臓発作を起こし、1993年 3月8日に78歳でこの世を去りました。彼の最後の言葉は、尊敬するカウント・ベイシーの名前だったと言われています。

ビリー・エクスタインは、その卓越した歌唱力と先見の明を持ったバンドリーダーシップを通じて、ジャズとポピュラー音楽史に確かな足跡を残しました。社会的な困難に直面しながらも、音楽への情熱を貫き、後世に多大な影響を与えた偉大なアーティストです。

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