ピアノソナタ第21番 (シューベルト)

シューベルト：ピアノソナタ第21番 変ロ長調 D 960

フランツ・シューベルトが1828年9月に作曲したピアノソナタ第21番 変ロ長調 D 960は、彼の創造力の頂点を示す傑作として広く認識されています。この作品は、作曲者にとって文字通り生涯最後のピアノソナタであり、死を目前にして書かれた円熟期の3部作（第19番 ハ短調 D 958、第20番 イ長調 D 959、そして本作）の最後を締めくくる記念碑的な位置を占めています。作曲から11年後の1839年に、他の2曲と共にようやく出版されました。

楽曲の構成と特徴

このソナタは全4楽章で構成されており、一般的な演奏時間は約43分です。各楽章はそれぞれ独自の性格を持ちながらも、全体として深い情感と広大なスケール感に満ちています。

第1楽章 モルト・モデラート

変ロ長調、4分の4拍子で書かれたソナタ形式の楽章です。シューベルト特有の歌謡的な美しさを持つ第1主題で静かに幕を開けます。大きな跳躍は少ないものの、内省的な雰囲気を湛えたこの旋律は、低音域での瞑想的なトリルに引き継がれます。その後、予期せぬ変ト長調で主題が再び現れ、ゆったりとした歩みで音楽は展開していきます。第2主題は嬰ヘ短調で提示され、ゆっくりと行進するような二重奏が特徴的です。イ長調、ロ短調、ニ短調と様々な調を経過した後、元の変ロ長調に戻り、ヘ長調のコデッタへと落ち着きます。提示部は低音のトリルを挟んで繰り返され、展開部へと進みます。展開部は嬰ハ短調で開始され、目まぐるしい転調を繰り返し、再びトリルが連続する瞑想的なパッセージが現れます。

第2楽章 アンダンテ・ソステヌート

嬰ハ短調、4分の3拍子の三部形式楽章です。深い悲しみと静けさを感じさせる嬰ハ短調の三重奏によって、印象的な主題が提示されます。中間部では、対照的にイ長調に転じ、暖かく柔らかな低音の響きが広がります。この中間部の温かい光と、主部の陰影の対比がこの楽章に独特の魅力を与えています。

第3楽章 スケルツォ：アレグロ・ヴィヴァーチェ・コン・デリカテッツァ - トリオ

変ロ長調、4分の3拍子の複合三部形式です。繊細で優美な、主に高音域を用いた楽想が特徴で、軽やかな主題が転調を繰り返しながら奏されます。この優美な旋律は、前年の1827年に作曲された歌曲『リュートに寄せて』（作品81, D 905）のピアノ伴奏を発展させたものと考えられています。トリオ部分は変ロ短調に変わり、短いながらもどこか陰鬱な感情を垣間見せます。

第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ - プレスト

変ロ長調、4分の2拍子のソナタ形式ですが、提示部の繰り返しはありません。冒頭は、G音のユニゾンからハ短調で不意に開始され、その後元の変ロ長調へと転調します。この冒頭の始まり方と転調後の旋律は、1827年頃の作品である『4つの即興曲』（作品90, D 899）の第1番の構成から着想を得たものです。第1楽章と同様に、再現部は省略なく書かれています。コーダではテンポがプレストに上がり、劇的に全曲を締めくくります。

吉松隆によるピアノ協奏曲版

日本の作曲家、吉松隆はこのピアノソナタを管弦楽とピアノのための『シューベルト＠ピアノ協奏曲』として編曲しました。吉松がこの曲に魅了されたのは、ピアニスト田部京子のCDを聴いたことがきっかけでした。この出会いは、田部による吉松の「プレイアデス舞曲集」の録音や、吉松が田部のために新作協奏曲『ピアノ協奏曲《メモ・フローラ》』（作品67）を書き下ろすことにつながります。その制作過程で、吉松は「このシューベルトのソナタをピアノ協奏曲にしてみたらどうだろう」と思いつき、2000年の春に編曲を完成させました。吉松自身は、誰かに依頼されたわけでもなく、演奏の予定もなかったこの編曲について、「好きな曲をオーケストラで響かせてみたかった」「ピアニストへのサプライズプレゼント」という純粋な動機から生まれた「気まぐれな作品」であったと述べています。

当初、このスコアを見た指揮者、藤岡幸夫の反応は今一つで、作品は長く棚上げされていました。しかし、2020年に藤岡が再びスコアを発見したことから状況は一変します。翌2021年、田部京子のピアノ、藤岡幸夫指揮の東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団により、ティアラこうとう定期演奏会にて世界初演が行われました。さらに2022年には、関西フィルハーモニー管弦楽団の演奏会「Meet the classic」Vol.45にて関西初演も実現しています。編曲にあたり、ソロ・ピアノパートには一部改変が加えられているものの、オリジナルの大筋は尊重されています。

シューベルトの最後のピアノソナタは、その深遠な響きと構成美により、今なお多くの人々を魅了し続けています。その音楽的遺産は、このような新たな形での解釈や演奏を通して、現代にも息づいています。

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