ピアノソナタ第5番 (シューベルト)

フランツ・シューベルトが1817年に作曲したピアノソナタ第5番 変イ長調 D 557は、彼の初期のソナタ作品群の中に位置づけられる作品です。この作品は、彼の後の大規模なソナタと比較すると規模は小さいものの、既にシューベルトらしい旋律美や独特な音楽語法が見られます。

歴史的背景と完成・未完成論争

このソナタは、作曲者の生前には出版される機会がありませんでした。標準的なピアノソナタが通常四つの楽章で構成されるのに対し、この作品は三つの楽章で完結しているように見えることから、未完成であると見なされていたためと考えられています。死後、この作品は長い年月を経た1888年に、ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から刊行されたシューベルトのソナタ全集の一部として、誤って「第3番」という番号を付されて初めて世に出ました。

このソナタが果たして作曲者によって完成されたものなのか、それとも未完成のまま残されたのかは、研究者の間で長く議論の対象となっています。未完成説を唱える立場からは、特に楽章の構成と調性関係が指摘されます。例えば、著名な音楽研究者であるハワード・ファーガソンは、第1楽章が主調である変イ長調であるにもかかわらず、最終楽章が属調である変ホ長調で終わっている点を挙げ、形式的に未完成な作品であると主張しています。彼は、終楽章にふさわしい、作品全体の主調である変イ長調による楽想が、シューベルトの他のどのピアノ作品の中にも見当たらないことも、この説を裏付ける傍証としています。シューベルトの完成されたピアノソナタの終楽章が全て主調で締めくくられているという事実も、この議論に影響を与えています。

一方、完成作であると見なす研究者も存在します。彼らは、快速なアレグロ・モデラートの第1楽章、落ち着いたアンダンテの緩徐楽章、そして終結にふさわしい軽快なロンド風の第3楽章という組み合わせが、ソナタとして基本的な構成要素を既に備えている点を重視します。この三つの楽章が一組として、全集に収められるに足る十分に完成された楽曲であると考えるのです。

このように、このソナタにおける楽章数の問題や終楽章の調性といった点に関して、作曲者シューベルトがどのような意図を持っていたのかは、未だに明確にはなっていません。標準的なソナタの形式規範にあえて挑戦しようとしたのか、それとも単に作曲途上で中断されたのかなど、その真意は今後の研究に委ねられています。

楽曲構成

全3楽章から構成されるこのソナタの演奏時間は、約13分と比較的コンパクトにまとめられています。

1. 第1楽章 アレグロ・モデラート
変イ長調、4分の3拍子、ソナタ形式。力強い付点リズムを用いた特徴的な第1主題で開始されます。対照的に、第2主題は同じ音を繰り返し打ち鳴らすフレーズです。この楽章は規模が小さくまとめられており、終結部もコーダを持たず簡潔に閉じられます。

2. 第2楽章 アンダンテ
変ホ長調、4分の2拍子、複合三部形式。穏やかで美しい右手の旋律が特徴的な緩徐楽章です。ここでも付点リズムが随所に織り込まれ、旋律に表情を与えています。中間部では、主調の同主調にあたる変ホ短調に転じ、一時的に憂いを帯びた雰囲気が加わります。

3. 第3楽章 アレグロ
変ホ長調、8分の6拍子、ロンド形式。この楽章は、右手が奏でる下降音階の軽快な主題によって、全体に躍動感あふれる性格が与えられています。

まとめ

ピアノソナタ第5番 変イ長調 D 557は、その完成度を巡る議論はあるものの、シューベルトの初期の創作における試行錯誤や、彼らしい抒情性と旋律美、そしてリズムへのこだわりが垣間見える興味深い作品と言えます。短いながらも各楽章に魅力があり、彼のピアノソナタの中でも比較的演奏される機会も少なくありません。

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