ピアノ協奏曲第27番 (モーツァルト)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトがその生涯の最後に作曲したピアノ協奏曲、それが変ロ長調 K. 595です。これはモーツァルトが手がけた全27曲のピアノ協奏曲のうち、最も後期の作品にあたり、1791年に完成されました。

モーツァルト自身の作品目録には、この協奏曲が彼の最期の年である1791年の1月5日に完成したと記されています。偶然にも、この年の作品目録は本作から始まっています。前作にあたる第26番『戴冠式』（K. 537）からは、実に3年もの間、新たなピアノ協奏曲が発表されていませんでした。この空白期間は、当時のモーツァルトの人気が既に翳りを見せ始めており、かつて盛んに行っていた予約演奏会を開催できるほど聴衆が集まらなくなったことに起因します。演奏会を開けなければ、当然ながら新作のピアノ協奏曲を作曲し、発表する機会も生まれませんでした。モーツァルトは1790年にフランクフルト・アム・マインへ旅行しましたが、ウィーンへ戻った際には再び予約演奏会を開こうと計画し、そのプログラムの目玉としてこの協奏曲の作曲に着手したと考えられています。

しかしながら、計画された予約演奏会が実現することはなく、この協奏曲が実際に演奏されたのは、1791年3月4日に宮廷料理人イグナーツ・ヤーンの邸宅で開かれた演奏会でのことでした。モーツァルトは友人で著名なクラリネット奏者であったヨーゼフ・ベーアからこの演奏会への出演依頼を受け、既に1788年には第1楽章の一部が書かれていたとされる本作を完成させ、自身でピアノ独奏を務めて演奏しました。この日の演奏会が、モーツァルトにとって演奏家として公のステージに登場した最後の機会となったことは、後世から見ると感慨深い出来事と言えるでしょう。この演奏会には、モーツァルトのかつての恋人であり、義姉でもあった歌手のアロイジア・ランゲも出演し、モーツァルトのアリアを歌ったと伝えられています。

この協奏曲は、その清澄で内省的なスタイルや曲想において、それ以前のモーツァルトのピアノ協奏曲とは一線を画しています。同年に作曲された傑作群、例えば『クラリネット協奏曲 イ長調』（K. 622）やオペラ『魔笛』（K. 620）といった最晩年の作品に共通する、深く円熟した音調を示しています。自然に流れ出るような豊かな楽想、内省的で親密な響き、そして決して派手さはありませんが、シンプルで完成された強固な構成感は、この時期のモーツァルト作品の大きな特徴です。音楽学者アルフレート・アインシュタインは、これらの特徴に「諦観」あるいは「諦めの朗らかさ」といった深い感情が underlies していると指摘しています。本作は、現代においてもモーツァルトの全ピアノ協奏曲の中で最も演奏される機会が多い作品の一つであり、多くの聴衆に愛されています。

使用される楽器編成は、独奏ピアノ、フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、そして弦五部（第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）です。

曲は全3楽章構成で、全体の演奏時間は約30分です。第1楽章と第3楽章には、モーツァルト自身が書いたカデンツァ（独奏者が自由に技巧を披露する部分）が現存しています。ただし、第3楽章のロンド形式における主題提示の間のアインガング（短い導入的な句）のうち、2箇所についてはモーツァルト自身のものは残されていません。

各楽章の詳細は以下の通りです。

第1楽章：アレグロ
変ロ長調、4分の4拍子、ソナタ形式で書かれています。ベートーヴェンの交響曲第5番の冒頭のように、特徴的な主題が始まる前に、作品の雰囲気を整えるための短い伴奏句で静かに開始されます。第1主題は流れるように美しい旋律で、これにフルートとの応答を伴う穏やかな第2主題が続きます。さらに流麗な第3主題も提示され、これらの主題が印象的な旋律を織りなしながら展開していきます。展開部では主に第1主題の要素が用いられます。再現部では、独奏ピアノがそれらの主題を表情豊かに歌い上げ、巧みな転調を経て展開し、コーダへと向かいます。

第2楽章：ラルゲット
変ホ長調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）、三部形式による緩徐楽章です。モーツァルトの最晩年特有の、静かで内的な美しさに満ちており、聴く者を深い瞑想へと誘うかのような趣があります。

第3楽章：アレグロ
変ロ長調、8分の6拍子、ロンド形式です。軽快で親しみやすいロンド主題が特徴的で、快活な雰囲気に満ちています。このロンド主題の旋律は、モーツァルトが同年に作曲した有名な歌曲『春への憧れ』（K. 596）に転用されたことでもよく知られています。

このピアノ協奏曲第27番は、モーツァルトが残した器楽曲の最高傑作の一つとして、現在でも変わらず世界中で演奏され続けています。

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