ピナケス

アレクサンドリア図書館の至宝『ピナケス』：失われた蔵書目録の謎

紀元前3世紀、知識と文化の中心地として栄えたアレクサンドリア。その心臓部であるアレクサンドリア図書館には、膨大な蔵書が集められていました。そして、その莫大なコレクションを管理する上で欠かせなかったのが、カリマコスが編纂した『ピナケス』（Πίνακες）です。

『ピナケス』とは、ギリシャ語で「銘板」や「一覧表」を意味する言葉で、アレクサンドリア図書館の蔵書目録として知られています。残念ながら、現在では原典は残っておらず、断片的な引用を通じてその存在を知ることができます。アテナイオスの『食卓の賢人たち』や『スーダ』といった文献に断片的に引用されており、その内容の一端を垣間見ることができます。

『スーダ』によれば、『ピナケス』は全120巻にも及ぶ大規模なもので、カリマコスの800にものぼる著作の一つだったと伝えられています。その内容は、学術書や文学作品にとどまらず、料理書や宴会マナーに関する書物まで、実に多様な分野の書籍を網羅していたと考えられています。

『ピナケス』の特筆すべき点は、その高度な分類システムです。書籍は、主題に基づいて分類され、さらに時代順もしくはアルファベット順に著者別に配列されていました。現代の図書館システムに通じる先進的な分類方法と言えるでしょう。それぞれの書物に対しては、書名だけでなく、冒頭の言葉（インキピット）、簡単な解説、総行数、著者の伝記といった詳細な情報が記されていたと推測されます。

カリマコス自身、アレクサンドリア図書館の司書、あるいは図書館事業に協力した人物であったと考えられています。彼の弟子であり、後にアレクサンドリア図書館の4代目館長となったビュザンティオンのアリストパネスは、『ピナケス』を増補改訂したとも伝えられています。これは、図書館の目録が常に更新され、維持管理されていたことを示す重要な証左と言えるでしょう。

『ピナケス』のような詳細な蔵書目録は、古代世界においても稀有な存在でした。ペルガモン図書館やウルピア図書館など、他の著名な古代図書館の蔵書目録については、その詳細な状況は明らかではありません。『ピナケス』が持つ、著者の伝記を含む詳細な書誌情報は、後世の書誌学に多大な影響を与えました。ディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシア哲学者列伝』、ヘシュキオスの著作、フォティオスの『ビブリオテーケー』、そして『スーダ』といった文献に見られる伝記付き目録の伝統は、『ピナケス』の系譜と言えるでしょう。

『ピナケス』は現存しませんが、その存在は、古代アレクサンドリア図書館の規模と、その知的活動の高さを雄弁に物語っています。失われた書物ではありますが、断片的に残された情報から、その偉大な姿を想像し、古代図書館の管理と知識の伝承について考える重要な手がかりとなります。 後世の図書館システムにも通じるその先進的な分類システムや詳細な書誌情報は、現代の私たちにとっても、学ぶべき点が多いと言えるでしょう。 また、この書物は、単なる蔵書目録ではなく、古代の知の体系と文化を伝える貴重な歴史資料として、今後も研究が続けられるべきでしょう。

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