ギリシア哲学者列伝

ギリシア哲学者列伝：古代哲学の百科事典

『ギリシア哲学者列伝』（Βίοι καὶ γνῶμαι τῶν ἐν φιλοσοφίᾳ εὐδοκιμησάντων）は、ディオゲネス・ラエルティオスによって3世紀前半に記された、古代ギリシアの哲学者たちに関する貴重な文献です。同書は、哲学者たちの生涯、哲学思想、著作、そして数々の逸話を集大成したもので、200名以上の著者、300冊以上の文献からの情報が網羅されています。

情報源としての信頼性

本書は、多様な情報源を引用している一方で、情報の真偽や正確性については必ずしも保証されていません。異なる情報源からの矛盾する記述が混在し、歴史的正確性に欠ける箇所も見られます。そのため、歴史研究においては、他の史料と照合するなど、慎重な検証が必要となります。しかしながら、古代ギリシアの哲学者たちをこれほど網羅的に扱った資料は稀少であり、その点で高い価値を有しています。

多様な名称

本書は、時代や翻訳によって様々な名称で呼ばれています。例えば、『哲学者伝』、『哲学において著名な人たちの生涯、学説、および警句について、十巻』、『哲学者たちの生涯と学説の集成、十巻』など、その呼び名は多岐に渡ります。

執筆の動機

序章によると、ディオゲネス・ラエルティオスは、ギリシア哲学の系譜と学説を詳細に明らかにすることで、「哲学の営みはギリシア人以外によって起こった」という主張を反駁しようとしたと記されています。これは、著者の強い愛国心とギリシア文化への誇りを反映していると言えるでしょう。

さらに、本書が特定の人物への献呈を目的として書かれた可能性も示唆されています。本文中に「あなた」への直接的な語りかけがあり、その相手はプラトンの熱烈な愛好者であったアリア、または皇帝セプティミウス・セウェルスの妃ユリア・ドムナといった説が提唱されていますが、確定的な証拠はありません。また、各項目に著者の自作のエピグラム（短詩）が挿入されている点からも、著者の自己顕示欲も垣間見えます。

構成と内容

本書は全10巻で構成され、タレス、アナクシマンドロスといった「賢人たち」から始まり、イオニア学派とイタリア学派という二大潮流に沿って哲学者たちが紹介されています。

ディオゲネス独自の分類では、ソクラテスとその弟子たち（キュレネ派、エリス学派、メガラ学派、アカデメイア派、ペリパトス派、キュニコス派、ストア派など）はイオニア学派の系譜に、エレア派、原子論、エピクロスなどはイタリア学派に分類されています。しかしながら、この分類は必ずしも歴史的事実に忠実ではなく、プラトンの思想にピュタゴラス学派やエレア派の影響が強いことや、プロタゴラスとデモクリトスの師弟関係を誤って記述しているなど、歴史的正確性には問題点も存在します。

日本語訳

本書は、加来彰俊氏による全訳（岩波文庫）が存在します。また、エピクロス、プラトンに関する部分訳も出版されています。他に、『ソクラテス以前哲学者断片集』や『ギリシア詞華集』などにも本書からの引用が含まれています。

結論

『ギリシア哲学者列伝』は、古代ギリシア哲学を理解する上で欠かせない資料の一つです。情報の正確性には注意が必要ではありますが、多様な哲学思想や哲学者たちの生涯を網羅的に知る上で、依然として重要な役割を果たしています。本書は、古代哲学研究の入門書として、また、多様な古代の思想に触れるための貴重な一冊と言えるでしょう。

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