ピュロコックス属

ピュロコックス属 (Pyrococcus)

ピュロコックス属は、海の底深くにある熱水噴出孔や、地中深くの油田鉱床といった極限環境に生息する超好熱性の古細菌です。ユリアーキオータという大きなグループに属し、その中でも特に熱に強いことで知られています。最適な生育温度が全種で90℃を超えるという驚異的な好熱性を示し、最高では108℃で増殖できる種も確認されています。比較的速いペースで増殖するため、超好熱菌の中でも特に研究が進められています。

属名である「Pyrococcus」は、ギリシャ語で「炎」を意味する「Pyr-o-」と、「球菌」を意味する「-coccus」を組み合わせた言葉です。これは、その非常に高い好熱性と、細胞が球状であることに由来しています。

分布

ピュロコックス属の古細菌は、主に世界中の海洋に存在する熱水噴出孔から見つかります。特定の地域に限定されることなく、広く分布しています。また、大深度にある油田の鉱床や、海底火山の内部からも発見された例があります。一方で、陸上の温泉からはこれまでに分離されていません。

形態

細胞の形は直径0.8～2.0マイクロメートルの球状です。細胞の外側にはS-レイヤーと呼ばれる構造を持つ細胞壁があります。運動性のために、細胞の一端に1本、あるいは複数の場所に鞭毛を持つ種がいます。

生育条件

ピュロコックスは、およそ100℃という高温環境で生育します。酸素を必要としない嫌気的な条件を好みます。多くの種は、海水とほぼ同じか、わずかに低いpHと塩分濃度で最もよく増殖します。圧力が高い環境（好圧性）を好む傾向がありますが、特定の1種を除けば、大気圧下でも生育が可能です。また、ある程度の放射線にも耐性を示すことが知られています。増殖速度が速く、実験室での培養も比較的容易であるため、研究対象として扱いやすい生物です。

代謝

ピュロコックスは、自身で有機物を合成できない完全な従属栄養生物です。エネルギー源として、主にタンパク質やデンプンなどの有機物を分解・発酵して利用します。生育環境に硫黄が存在する場合、通常の水素ガスの代わりに硫化水素を排出し、この硫黄代謝によって増殖がさらに促進されます。

利用

ピュロコックスは、その生育環境に適応した非常に安定性の高い酵素（高耐久性酵素）の供給源として注目されています。ピュロコックス由来の酵素の多くは、100℃近い高温だけでなく、有機溶媒や極端なpH条件にも耐える性質を持っています。この特性から、様々な産業プロセスへの応用が期待されています。特に、DNAポリメラーゼは広く利用されており、熱に強く遺伝子の複製精度が高いPfu DNAポリメラーゼ（Pyrococcus furiosusから発見）は、遺伝子工学の分野でTaqポリメラーゼよりも高い忠実性が求められる場面で用いられています。

代表的な種

Pyrococcus furiosus: ピュロコックス属の基準となる種です。1986年にイタリア沿岸の熱水域から分離されました。70℃から103℃で増殖し、100℃が最適な生育温度です。
Pyrococcus glycovorans: 東太平洋海嶺の深海熱水噴出孔（水深約2650m）で発見されました。75℃から104℃で生育し、95℃を至適温度とします。世代時間が約30分と、この属の中で最も速い増殖速度を持つ種です。
Pyrococcus horikoshii: 1998年に沖縄トラフの熱水鉱床付近（水深約1395m）から分離されました。80℃から102℃で増殖し、98℃が最適な温度です。
"Pyrococcus abyssi": 主に南太平洋の深海熱水噴出孔（水深約2000m）に生息しています。67℃から102℃で生育し、96℃が最適温度です。
Pyrococcus woesei: 沿岸部の熱水域で発見され、1988年に報告されました。最適な生育温度は102℃から103℃です。
Pyrococcus yayanosii: 大西洋中央海嶺の熱水帯（水深約4100m）から分離されました。80℃から108℃で増殖し、98℃が最適温度です。この種は絶対好圧性で、およそ200気圧未満では生育できず、約520気圧で最もよく増殖します。約1200気圧という非常に高い圧力下でも増殖できることが確認されています。

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