ピラミッド・テキスト

ピラミッド・テキスト（The Pyramid Texts）は、古代エジプトにおいて現在確認されている最も古い宗教的な文献群であり、古王国時代にまでその歴史を遡ります。特に、第3王朝から第5王朝にかけて編纂されたと考えられており、初期エジプトにおける思想や宇宙観、死生観などを知る上で、極めて重要かつ広範囲な情報源を提供しています。この聖典は、古エジプト語で記されており、文字は全て縦書きで配置されています。

成立の背景と概要

これらのテキストは、ピラミッド内部の壁面に呪文として刻まれたものです。確認されている呪文の数は現在759に及びます。その誕生は、古代エジプトの王権に変化が生じた時代と関連があると見られています。かつてのような巨大で質の高いピラミッドを建造することが難しくなった王たちが、死後も天界へ無事昇るため、あるいは再生と復活を確実なものとするために、呪術的な力に頼るようになった結果生まれたと考えられています。また、王家の墓が略奪に遭ったり、経済的な制約が大きくなる中で、古代エジプトの人々が呪術の力に活路を見出したことも背景にあります。ピラミッド・テキストは、その内容と古さから、しばしば世界最古の文学の一つとも評されます。

最初にこれらの呪文が記されたのは、第5王朝最後の王ウナスのサッカラにあるピラミッド内部です。ここでは、入口の広間と埋葬室の壁に呪文が刻まれました。その後、第5王朝末期から第6王朝にかけて、テティ、ペピ1世、メルエンラー1世、ペピⅡ世といった歴代の王たちや、ペピⅡ世の三人の王妃（ウジェブテン、ネイト、イブート）、そして第1中間期にエジプトを統治したとされるイビ王のピラミッド内にも見られます。多くのピラミッド間で共通する呪文も存在しますが、全てのピラミッドに共通して見られる呪文は非常に少ないです。これらのテキストで示された思想は、後の時代に発展し、中王国時代の貴族たちの棺に記されたコフィン・テキストや、新王国時代の『死者の書』の基盤となりました。

テキストの構成と内容

ピラミッド・テキストの構成は、現代的な視点から見ると系統立っていません。呪文は特定の順序で並べられているわけではなく、編纂者が内容を論理的に整理したり、テキスト内の矛盾を解消しようとした意図はほとんど見られません。これは、古代エジプト人が持つ「全ての魔法は効果があり、多くの呪文を集めることで個々の魔法の力がさらに増幅される」という思想を反映していると考えられます。彼らは、テキストの整合性よりも、可能な限り多くの呪術的な手段を提供することに価値を見出したのでしょう。

テキストの内容は非常に広範で、神話、伝承、天文学、宇宙観、地理、歴史的な出来事、儀式、祭礼、魔術、道徳といった多様なテーマに触れています。根本的には、これらの呪文は王が死後、天国へ昇るためのあらゆる手段（翼、階段、斜面など）を確保することを目的としています。王の永遠の生命と再生は繰り返し言及され、時には神々の力を借りて、また時には王自身の力によって実現すると描かれています。中でも有名なのは「食人の讚歌」と呼ばれる呪文群で、ここでは王が神々を食らうことでその力を自らのものとする様子が表現されています。

思想的な要素

ピラミッド・テキストは、ヘリオポリスの神官たちによってまとめられたとされ、少なくとも三つの異なる思想的要素が含まれていると考えられています。

1. 先王朝時代からの古い信仰: 口承で伝えられていた、あるいはピラミッド・テキスト以前にオストラコンなどに記されていた古い思想が反映されています。古代の王が行った儀式、上下エジプト統一以前の戦い、そして食人の風習などに言及しています。「食人賛歌」に見られる死者の骨を集める習慣は、初期王朝時代のミイラ作りが始まる以前の慣習だったと推測されます。
2. 王の死後の天における生活: 呪文の大部分は、王が死後に天界でどのように生きるかを描写しています。初期には星辰崇拝と太陽神崇拝が並立していましたが、このテキストでは王が星や太陽神ラーと同一視されています。時代が下るにつれて太陽崇拝が優勢になりますが、一部の王は太陽神ラーからの独立を示すためにピラミッド建造の伝統を破った例もあり、シェプスセスカフ王のマスタバ墳がその顕著な例です。
3. オシリス信仰: 古王国時代末期に隆盛したオシリス信仰が反映されています。オシリスは植物の成長の神や冥界の王として崇められ、彼の王国で永遠の生命を与える力を持つと信じられました。当初は王のみに許されていた死後の永遠性は、中王国時代には貴族階級にも拡大していきます。

目的と後世への影響

ピラミッド・テキストの最も重要な目的は、古代エジプトの未整理だった様々な信仰や宗教観を統合し、王が死後もこれらの呪文によって得られる呪力を保ち、利用できるようにすることでした。王の遺体がピラミッド内部の埋葬室へと至る最後の旅路において、壁面に刻まれた呪文を見ることで、そこから力や精神的な支えを得られると信じられていたのでしょう。これらのテキストは、後の時代の棺やパピルスに記される宗教的な文献の源流となり、古代エジプト人の死生観や世界観を理解する上で不可欠な遺産となっています。

まとめ

ピラミッド・テキストは、古代エジプト古王国時代の王たちの死後の世界への願いと、それを実現するための呪術的、宗教的な試みを記した貴重な史料です。その内容は後の時代の宗教文書の基盤となり、古代エジプト文明の思想の根幹を知る上で、今なお計り知れない価値を持っています。

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