ピンポン外交

ピンポン外交

「ピンポン外交」とは、1971年に日本の名古屋市で行われた第31回世界卓球選手権を機に始まった、主にアメリカ合衆国と中華人民共和国間の外交的な動きを指します。この出来事は、当時長らく敵対関係にあった米中間の緊張緩和と国交正常化に向けた重要な一歩となりました。

概要

1970年代初頭、中華人民共和国は国際社会において依然として孤立した立場にありました。国内では文化大革命が進行し、国際的には中華民国との「中国を代表する国家」としての正統性を争う一方、かつて友好国であったソビエト連邦との関係も悪化していました。このような状況下で、中国は新たな外交ルートを模索していました。

1971年3月末から4月初めにかけて名古屋で開催された世界卓球選手権に、中華人民共和国が実に6年ぶりに出場しました。大会期間中、米国チームの選手が偶然にも中国チームのバスに乗り合わせた際に、中国のエース選手であった荘則棟が、チーム内の厳格な規律に反して米国選手に友好的な態度を示し、贈り物を渡したというエピソードが生まれました。この予期せぬ、しかし心温まる交流はメディアで大きく報じられ、国際社会の注目を集めました。

この交流を受けて、米国チームから中国への招待の申し出があり、当初中国外交部は慎重な姿勢を示しましたが、毛沢東主席の判断により、米国卓球チームを中国に招くことが決定しました。これが「ピンポン外交」の直接的な契機となります。

背景と経緯

中国の世界卓球選手権への参加には、複雑な背景がありました。当時の日本卓球協会会長であり、アジア卓球連盟会長でもあった後藤鉀二氏らは、地元開催の世界選手権に中国を招くべく尽力しました。しかし、そのためには、アジア卓球連盟における中華民国（台湾）の扱いという政治的な難題を解決する必要がありました。後藤氏は中国側との粘り強い交渉を行い、台湾をアジア卓球連盟から除外するという決断を迫られます。この過程では、国内の親台湾派からの強い反発や脅迫もありましたが、最終的には周恩来総理の指示により、中国の参加が合意に至りました。

名古屋での選手間の交流と米国チームの中国訪問は、その後の米中関係に劇的な変化をもたらしました。米国チームの訪問後、水面下での外交交渉が進められ、同年7月にはヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官がパキスタン経由で極秘に訪中しました。そして、翌1972年2月には、リチャード・ニクソン大統領の歴史的な訪中が実現し、米中両国は国交正常化に向けた道を歩み始めました。

「ピンポン外交」が始まる前、中華人民共和国と国交を結んでいた国はわずか32カ国でしたが、ニクソン訪中以降の1年間で、国交樹立国は100カ国を超えるまでに激増しました。また、この米中間の動きは、日本の田中角栄首相による日中国交正常化（1972年9月）にも大きな影響を与えました。

その他の「ピンポン外交」

卓球を通じた外交や交流は、その後も様々な場面で見られます。例えば、1991年に千葉で開催された世界卓球選手権では、冷戦終結に向けた動きの中で、分断されていた朝鮮半島から南北合同チームである「統一コリア」チームが結成され、女子団体で強豪中国を破り優勝するという快挙を成し遂げました。これは、長年南北間のスポーツ交流に尽力してきた荻村伊智朗氏（当時の国際卓球連盟会長）らの努力の賜物でした。2011年の親善大会でも、南北合同チームが実現しています。また、荻村氏は中国とインドネシア間の国交正常化の仲介役も務めました。

このように、「ピンポン外交」は、単なるスポーツイベントを超え、政治的な壁を破り、国際的な和解や交流の道を開く象徴的な出来事として、その後の世界の歴史に大きな影響を与えたのです。現代においても、卓球が国境を越えた友好を育むツールとして活用されることは少なくありません。

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