ファイナル・カット (アルバム)

ピンク・フロイドのアルバム『ファイナル・カット』（The Final Cut）は、1983年に発表されました。ロジャー・ウォーターズ在籍時のラスト・アルバムであり、彼の父エリック・フレッチャー・ウォーターズへの鎮魂歌として、また、戦後の夢へのレクイエムとして制作されました。アルバムのサブタイトルにも「A requiem for the post war dream by Roger Waters」とあるように、ウォーターズのソロ作品としての側面が強く、彼の内面世界が色濃く反映されています。

制作背景

当初は、映画『ピンク・フロイド ザ・ウォール』のサウンドトラック『Spare Bricks』として企画されました。しかし、1982年のフォークランド紛争が勃発し、ウォーターズはマーガレット・サッチャー首相の武力行使を強く批判。アルバムのテーマを、サッチャーやロナルド・レーガン大統領へのメッセージ、そして戦後の没落した兵士たちの姿を描くことに変更しました。自身の父親の姿を重ね合わせながら、戦争の悲惨さを表現しようと試みたのです。

アルバムタイトルは、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』の一節「This was the most unkinest cut of all（これこそ最も情け容赦ない一撃）」から引用されています。

メンバー間の軋轢

本作の制作において、バンド内の不協和音が表面化しました。プロデューサーはウォーターズとジェイムス・ガスリーの2名のみ。ウォーターズはデイヴィッド・ギルモアに共同プロデューサーの権利を放棄させ、リチャード・ライトはアルバムに一切クレジットされず、脱退が公になりました。ライトの代わりに、アンディ・ボウンがキーボードを担当しています。

全13曲は全てウォーターズの単独クレジットであり、リード・ボーカルも彼が担当しました。例外として、「ノット・ナウ・ジョン」ではギルモアがリード・ボーカルを務めています。サウンド面では、「ホロフォニクス」と呼ばれる立体音響システムが導入され、奥行きのある音作りがなされました。

ウォーターズは、ギルモアとニック・メイスンの演奏に不満を募らせ、外部のセッション・ミュージシャンを多用するようになります。特に「トゥー・サンズ・イン・ザ・サンセット」では、メイスンの代わりにアンディ・ニューマークがドラムを担当しました。ウォーターズとギルモアの関係は悪化の一途をたどり、メイスンもギルモアに同調するようになりました。

ウォーターズはバンドの活動停止を目論み、本作発売後のツアー計画を中止させます。そして、1985年12月、ピンク・フロイドからの脱退を発表しました。

評価

セールスは過去の作品に及ばなかったものの、イギリスではチャート1位を獲得しました。しかし、ウォーターズの私小説的な内容や、重く沈痛なサウンドから、評価は賛否両論に分かれています。ローリング・ストーン誌のカート・ローダーは、「最高傑作。ロック・アートの不朽の名作」と絶賛しています。

収録曲

1. ザ・ポスト・ウォー・ドリーム
2. ユア・ポッシブル・パスツ
3. ワン・オブ・ザ・フュー
4. ホエン・ザ・タイガーズ・ブローク・フリー
5. ザ・ヒーローズ・リターン
6. ザ・ガンナーズ・ドリーム
7. パラノイド・アイズ
8. ゲット・ユア・フィルシィ・ハンズ・オフ・マイ・デザート
9. ザ・フレッチャー・メモリアル・ホーム
10. サザンプトン・ドック
11. ファイナル・カット
12. ノット・ナウ・ジョン
13. トゥー・サンズ・イン・ザ・サンセット

『ファイナル・カット』は、ピンク・フロイドの歴史において、重要なターニングポイントとなった作品です。ロジャー・ウォーターズの個人的な感情が色濃く反映された、賛否両論を呼ぶ問題作であり、彼の才能と苦悩が凝縮された作品と言えるでしょう。

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