ファン・マルチン・コッジ

フリオ・セサール・チャベスという稀代のスターが同時代に君臨したため、その華やかな経歴の陰に隠れがちな存在ではありましたが、ファン・マルチン・コッジはWBA世界ジュニアウェルター級の歴史にその名を刻んだ傑出したボクサーです。1961年 12月19日にアルゼンチンで生を受けた彼は、イタリアからの移民であった祖父母を持ち、ボクシングのリングでその実力を遺憾なく発揮しました。サウスポーのファイターであるコッジは、「El Látigo（鞭）」というニックネームが示す通り、破壊力のあるパンチと堅実な技術を兼ね備えており、対戦相手にとって常に脅威であり続けました。WBA世界王座を合計3度獲得し、通算10度の防衛に成功した実績は、彼がまさにこの階級における屈指の強者であったことを証明しています。

プロとしてのキャリアは1982年4月2日、故郷アルゼンチンで始まりました。デビュー以来、彼は目覚ましい快進撃を続け、22連勝という無敗記録を樹立します。キャリア23戦目となった1985年3月9日、同国のアドルフォ・アルセ・ロッシとの試合で初めて土をつけられ、判定負けを喫しましたが、この経験が彼をさらに強く成長させたと言えるでしょう。国内の頂点を目指し、1986年10月25日にはアルゼンチン・ジュニアウェルター級王者ウーゴ・エルナンデスに挑戦。見事に12回判定で勝利し、国内タイトルを獲得しました。

世界への扉が開いたのは1987年7月4日。祖父母の故郷であるイタリアの地で、WBA世界ジュニアウェルター級チャンピオン、パトリツィオ・オリバに挑みます。この重要な一戦で、コッジはわずか3ラウンドでオリバをキャンバスに沈め、劇的なKO勝利で自身初の世界王座戴冠を果たしました。

初めての世界王座防衛戦を順調にクリアした後、3度目の防衛戦として日本の平仲明信と対戦します。1989年4月29日に行われたこの試合では、コッジは3ラウンドに2度のダウンを奪われ、極めて厳しい状況に追い込まれました。その後も平仲が試合の主導権を握る展開が続きましたが、地元アルゼンチンということもあり、レフェリーやジャッジの判断が王者有利に傾いた側面も指摘され、最終的に12回判定で辛くも勝利を収めました。この試合の判定は後に物議を醸すこととなります。

続く防衛戦を重ねますが、1990年8月17日、フランスでの防衛戦でロレト・ガルサ（米国）の巧みなボクシングの前に苦戦を強いられ、12回判定で敗北。王座から陥落しました。

しかし、コッジは諦めませんでした。2年半の時を経て、再び世界の頂点を目指します。1993年1月12日、かつて平仲明信を破り王座に就いていたフィリピンのモーリス・イーストに、地元アルゼンチンで挑戦。この試合でコッジは圧倒的な強さを見せつけ、8回TKOで勝利。見事にWBA世界王座を奪還し、2度目の戴冠を果たしました。

王座に返り咲いたコッジは、防衛ロードを歩み始めます。2度目の防衛戦として初めて日本に降り立ち、吉野弘幸と対戦（1993年6月23日）。貫禄十分の戦いぶりで吉野を5ラウンドでマットに沈め、KO勝利で防衛に成功しました。試合後、吉野が肋骨を骨折していたことが明らかになり、コッジのパンチ力の凄まじさを物語る一戦となりました。

しかし、彼の防衛戦は再び物議を醸すことになります。1993年12月17日、アルゼンチンでの5度目の防衛戦でエデル・ゴンザレス（コロンビア）と対戦した際、2ラウンドに強烈なダウンを奪われ、あわやKO負け寸前まで追い詰められます。しかし、またしても地元有利と取れるレフェリングに救われ、体勢を立て直すことに成功。逆転の7回TKO勝利で辛うじて王座を守りました。あまりにも露骨な王者の優遇ぶりにWBAも即座に再戦を指示し、このレフェリーは二度とWBAの世界戦のリングに立てない永久追放処分となりました。

翌1994年3月18日、舞台をアメリカに移してゴンザレスとの再戦に臨みます。初回にダウンを喫する苦しい立ち上がりでしたが、コッジは集中力を切らさず、3回に2度のダウンを奪い返してTKO勝利。この雪辱戦で改めてその実力を見せつけ、王座を防衛しました。

波乱万丈のキャリアは続きます。1994年9月17日、フリオ・セサール・チャベスに初黒星を付けた実績を持つ強豪フランキー・ランドールと対戦。激しい打撃戦の末、12回判定で敗れ、2度目の王座陥落を喫しました。

日本でのファンに再びその姿を見せたのは1995年5月6日。坂本博之と対戦し、明確な10回判定で勝利を収めました。

そして、コッジは再び世界王座への執念を見せます。1996年1月13日、因縁の相手フランキー・ランドールとの再戦が実現。この試合は4ラウンドで負傷判定となり、幸運な形ではありましたが、コッジが勝利を収めて3度目のWBA世界ジュニアウェルター級王座を獲得しました。これは彼にとって最後の世界王座獲得となります。

しかし、ランドールとのライバル関係は終わっていませんでした。1996年8月16日、両者にとって3度目となる対戦が組まれます。この試合ではコッジは初回からダウンを奪われるなど精彩を欠き、前回以上の差をつけられて判定負け。3度目の王座陥落となりました。

その後、世界主要団体の王座からは遠ざかり、WBU世界ウェルター級王座挑戦などを行いますが、かつての輝きを取り戻すことはできませんでした。特に1999年5月29日、後にIBF世界王者となるミケーレ・ピッチリーロとの対戦では、相手のスピードについていけず大差の判定負けを喫し、この試合を最後にプロボクサーとしてのキャリアに終止符を打ちました。

ファン・マルチン・コッジは、華麗さよりも実直な強さで知られ、3度の王座獲得と通算10度の防衛という素晴らしい実績を残しました。特に日本での試合は、その強烈な印象とともに多くのボクシングファンの記憶に刻まれています。物議を醸す判定に関わることもありましたが、彼の粘り強さとパンチ力は、ジュニアウェルター級の歴史において重要な一章を飾るにふさわしいものでした。

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