坂本博之

（さかもとひろゆき）

1970年 12月30日、福岡県田川市に生まれた坂本博之は、日本の元プロボクサーである。がっしりとした体格から繰り出される強打で知られ、「平成のKOキング」や往年の強打者ロベルト・デュランに重ね合わせ「和製デュラン」と称された。日本ならびに東洋太平洋（OPBF）のライト級王座を獲得し、世界ボクシング評議会（WBC）ライト級では最高1位にランクインした実力者である。

人物

坂本の幼少期は極めて過酷なものだった。両親の離婚後、親類に預けられたが、生活は極貧を極め、食事や衛生環境を含む劣悪な境遇に置かれた。学校給食だけが唯一の食事であり、休日には弟と共にザリガニを捕まえて食したこともあったと、後に本人は語っている。弟が栄養失調で倒れたことを契機に虐待が発覚し、坂本と弟は福岡市東区の児童養護施設「和白青松園」に保護された。施設に入所して間もなく、ある日テレビでボクシングの試合を観戦したことが、プロボクサーを目指す契機となったという。

意外にもクラシック音楽を愛好しており、現役時代は自身の入場曲にクラシックの名曲を選んだ。特にドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」第4楽章は、多くのファンの記憶に残っている。

かつて世界王座を争った畑山隆則は、自身の対戦相手の中で坂本のパンチが最も強烈だったと後に証言している。

来歴

福岡市立和白小学校を卒業後、埼玉県の高校を卒業と同時に上京。名トレーナーである勝又行雄にその才能を見出され、勝又ジムに所属。OPBF王座獲得後、角海老宝石ジムへ移籍した。

1991年12月14日にプロデビュー戦を初回KO勝利で飾り、鮮烈なスタートを切った。1992年12月18日には東日本ライト級新人王を獲得。翌1993年2月20日には全日本同級新人王に輝き、全日本新人王決定戦のMVPも受賞した。

同年12月13日、プロ13戦目で日本王座に初挑戦。当時の日本ライト級王者リック吉村に挑み、9回TKOで勝利を収め、王座を獲得。翌年には初防衛に成功した。1994年8月6日には、1階級上の日本スーパーライト級王者桑田弘と対戦し、10回TKO勝利。この試合後、日本ライト級王座を返上した。

1995年5月6日にはスーパーライト級で元WBA世界王者のファン・マルチン・コッジとノンタイトル戦を行うも、10回判定で敗れプロ初黒星を喫した。

1996年3月3日、ライト級に戻しOPBF東洋太平洋ライト級王座決定戦に出場。ロジャー・ボリロスを11回TKOで破り、東洋太平洋王座を獲得。2度の防衛に成功後、王座を返上した。

キャリア29戦目となる1997年7月26日、WBC世界ライト級王者スティーブ・ジョンストンに挑み、自身初となる世界タイトルマッチに臨んだが、12回判定負けで王座獲得はならなかった。翌1998年8月23日には、ジョンストンを破ったWBC世界王者セサール・バサンに再び世界挑戦するも、再び12回判定負けを喫し、またしても世界王座は遠かった。2000年3月12日、3度目の世界挑戦ではWBA世界ライト級王者ヒルベルト・セラノと対戦。初回に2度のダウンを奪うも、2回に右目を負傷。傷が悪化した5回にドクターストップがかかりTKO負け。そして同年10月11日、4度目の世界王座挑戦の相手は、セラノを破り日本人史上4人目の2階級制覇を達成したWBA世界王者・畑山隆則だった。激しい打ち合いとなったこの試合は、10回にダウンを喫し、セコンドのタオル投入により敗戦。4度目の世界挑戦も惜しくも実らなかった。この試合は、後に同年の年間最高試合に選出されている。

2002年10月5日には再びスーパーライト級に転向し、OPBF王者佐竹政一に挑むも最終12回KO負け。この後、持病の首・腰痛治療のため長期休養に入った。2005年5月12日、約2年7か月ぶりの復帰戦を行うも5回TKO負け。その後2006年に2試合を行い、いずれもKO勝利を収めた。

腰椎椎間板ヘルニアによる腰痛と加齢による衰えを感じる中、「もう一度日本チャンピオンになって引退しよう」と決意する。しかし、復帰後のスパーリングで若手に体力負けを感じ、「畑山戦のような常に前に出るボクシングはもうできない」「日本タイトルに挑戦する練習をする体力も残っていない」と判断し、引退を決意。2007年1月6日、タイライト級1位との試合が、プロボクサーとしての最終戦となった。結果は7回終了時の負傷判定により引き分けに終わった。

ファイトスタイル

坂本のボクシングスタイルは、右のファイター型であった。普段の穏やかな人柄とは対照的に、リング上では「孤高のインファイター」と称される猛烈な戦法を展開した。ピーカーブースタイルでガードを固めつつ、相手のパンチを恐れることなくひたすら前進し、自身のパワーを活かした破壊的なパンチを打ち込み、壮絶な打ち合いを演じる勇猛果敢なスタイルであった。このようなファイトスタイルには、自身の辛い経験を持つ子どもたち、特に児童養護施設で育つ子どもたちに、戦う姿を見せることで生きる希望や勇気を与えたいという、坂本自身の強い願いが込められていたとされる。

得意技は左フックと右クロスカウンターだが、特に、腰の回転を鋭く利かせ、相手をなぎ倒すかのように放たれる左フックは、坂本の代名詞ともいえる必殺の強打であり、「鉈フック」の異名で恐れられた。これは、右拳を骨折したことが原因で、左パンチを徹底的に練習した結果生まれた得意技とされる。その破壊力は、日本王座を奪取したリック吉村戦で証明されている。この試合でリックは坂本の左フックを受けて右肩を骨折し、手術の際に骨の破片が20～30個も見つかったという。

攻撃的な戦法とは裏腹に、守備力も高かったと評価されている。元々の打たれ強さに加え、ピーカーブースタイルで構えるガード、さらに相手のパンチの芯を外す技術も持ち合わせていた。

現役時代は毎回10kgを超える厳しい減量に苦しんだが、「計量をパスすれば好きなだけ食べられる。幼少期の飢餓に比べれば遥かにマシだった」と語っており、その言葉からも壮絶な過去が垣間見える。

引退後と社会貢献

2007年7月28日、故郷福岡で引退式が行われ、同年11月17日には東京の後楽園ホールで引退記念興行が開催された。

引退後の2010年8月8日、東京都荒川区にSRSボクシングジムを開設。自身の経験を活かし、後進の育成に力を入れている。ジムのマネージャーは、かつて同門だった元日本スーパーバンタム級王者の中島吉謙が務めている。

坂本は自身の辛い経験から、子どもたちへの支援活動に積極的に取り組んでいる。2000年7月1日には、全国の児童養護施設の子どもたちを支援するための「こころの青空基金」を発足。ボクシングを通じた交流や対話を通じて、子どもたちの心のケアや自立支援を行っている。この活動は高く評価され、2017年には日本財団が設立したアスリートによる社会貢献活動を顕彰する「HEROs SPORTSMANSHIP for THE FUTURE」においてHEROs賞を受賞した。

獲得タイトル

第49代東日本ライト級新人王
第39代全日本ライト級新人王（全日本新人王決定戦MVP）
第44代日本ライト級王座（防衛1=返上）
第34代OPBF東洋太平洋ライト級王座（防衛2=返上）

著書

『不動心』（日本テレビ放送網、1997年）
『ちくしょう魂（こん）児童養護施設から世界をめざして』（小学館、2001年)
* 『「運命」を跳ね返すことば』（講談社、2011年）

※ 他に参考文献として『僕は運命を信じない―不滅のボクサー坂本博之物語』、関連人物として和白青松園の後輩である川嶋あいなどが挙げられる。

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