フィアット・600

フィアット600とその歴史

フィアット600は、イタリアの自動車メーカーであるフィアット社が1955年から1969年まで生産した小型乗用車です。当時としては画期的なリアエンジン・後輪駆動方式を採用し、そのコンパクトさと経済性から瞬く間に人気を博しました。製造期間中には、約260万台という驚異的な生産台数を記録しており、イタリアのみならず、スペイン、オーストリア、ドイツ、ユーゴスラビアなど世界各国でライセンス生産されるなど、グローバルな人気を誇っていました。また、旧ソ連でもZAZ・ザポロージェツという600を模倣した車両が生産されています。アルゼンチン、チリ、ウルグアイなどでは、親しみを込めて「フィティート」と呼ばれていました。

フィアット600は、その優れた基本設計と経済性から、多様なバリエーションを生み出しました。その代表例が、600のメカニズムを流用し、3列6人乗りのピープルムーバーとして開発された「フィアット600 ムルティプラ」です。ムルティプラは、コンパクトなボディでありながら、大人6人が乗車できる広さを持ち、タクシー仕様も存在するなど、実用性の高さで注目されました。

アバルトによる高性能モデル

フィアット600の高いポテンシャルに着目したのは、チューニングメーカーとして名高いアバルト社でした。アバルトは600をベースに、数々の高性能モデルを開発し、モータースポーツ界で大きな成功を収めました。

アバルト750デリヴァツィオーネ

アバルトはまず、600のエンジンをチューンナップした「アバルト750デリヴァツィオーネ」を発表しました。これは、エンジンストロークの延長、大径キャブレターの採用、スポーツカムシャフトの搭載など、エンジン性能を大幅に向上させるコンプリートキットでした。排気量は633ccから747ccに拡大され、最高出力は18psから41psへと大幅に向上しました。外装にもアバルトのエンブレムやバッジが装着され、600とは異なるスポーティな外観が与えられました。キット価格は当時の600の新車価格の約半分にも及びましたが、その高いパフォーマンスは多くのユーザーを魅了しました。

アバルト850TC

750デリヴァツィオーネに続くモデルとして登場したのが、「アバルト850TC」です。「ツーリズモ・コンペティツィオーネ」の略である「TC」の名が示す通り、本格的なレース参戦を視野に入れたモデルでした。排気量は847ccまで拡大され、最高出力は53psに到達。フロントには当時としては珍しいディスクブレーキが採用され、足回りも強化されていました。インテリアには、タコメーターを中央に配した3連メーターや、スポーティなステアリングホイールが装備されていました。850TCは、レースにおいても圧倒的な強さを発揮し、1961年のニュルブルクリンク500kmレースでは850ccクラスを独占優勝しました。この成功を記念して、さらに高性能な「850TCニュルブルクリンク」も発表されました。

アバルト1000TC

アバルトは、1000ccクラスへの挑戦として、「アバルト1000ベルリーナ」を開発しました。愛好家の間では「1000TC」と呼ばれています。ベースとなったのは600Dのエンジンブロックで、排気量は982ccにまで拡大され、最高出力はロードバージョンで61ps、レーシングバージョンである「コルサ」では69psに達しました。外観は850TCと似ていますが、フロントフェンダーには「FIAT ABARTH 1000」の切り抜き文字が追加されています。1000TCコルサは、イタリアツーリングカー選手権やヨーロッパツーリングカー選手権で数々のタイトルを獲得し、アバルトの成功を大きく押し上げました。1965年モデルからは、冷却システムの大幅な改良が加えられ、パフォーマンスがさらに向上しています。また、1966年モデルでは、エンジン出力の向上と車体軽量化によって、最高速度は195km/hに達しました。

アバルト1000TCR

1968年、新たなレース規定に対応するために開発されたのが「アバルト1000TCR」です。「テスタ・ラディアーレ」と呼ばれる半球形の燃焼室を持つシリンダーヘッドを採用することで、982ccの排気量から114psという驚異的な出力を実現しました。1000TCRは、1970年代初頭までツーリングカーレースで活躍し続け、アバルトの伝説を刻みました。改良が重ねられるごとに、空力性能、冷却性能、サスペンションなどが向上し、コーナリング性能も大幅に向上しました。最終的には、フロントサスペンションも改良され、より高度なセッティングが可能になりました。しかし、レース規定の変更により、1000TCRのワークス参戦は1971年に終了しました。

2代目フィアット600

2023年、フィアットは500Xの後継モデルとして、再び「600」の名を冠した新型SUVを発表しました。初代モデルとは異なり、フロントエンジン・前輪駆動方式を採用し、EV仕様も設定されています。最新の安全技術や快適装備も搭載し、現代のニーズに応えるモデルとなっています。日本では2024年9月に電気自動車モデルの発売が開始され、マイルドハイブリッドおよびハイブリッドモデルの発売も予定されています。

フィアット600は、半世紀以上にわたる歴史の中で、人々の生活に寄り添い、モータースポーツの歴史にも大きな足跡を残しました。初代モデルのコンパクトさと経済性、そしてアバルトによる高性能モデルは、自動車史において重要な位置を占めています。現代に復活した新型モデルは、その歴史を受け継ぎつつ、新たな時代への挑戦を続けています。

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